2009-07-23

お部屋1920/『エロスの原風景』刊行記念 松沢呉一インタビュー18

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私の本は書評に取りあげられないということを前提にこの話を進めてきたのに、『エロスの原風景』は、いつも取りあげてくれている雑誌だけじゃなく、「本の雑誌」や「SPA!」など、おそらく拙著を一度も取りあげたことのない雑誌に次々取りあげられています。「SPA!」は連載している時でさえ、一度も書評欄に取り上げられたことがなかったんですけどね。

しかし、アマゾンで見る限り、数字に大きな変化はなくて、それによって増えていたとしても、1冊か2冊でしょう。それでも出るに越したことはないし、嬉しくはあるのですが、印刷物の効果はそんなもんです。それよりも力のあるブロガーが取りあげてくれた方が数字が動きます。あるいは、出版社や著者が本についての情報をネットで出した方が数字が動く。それが現実。

このまま売れ続けてくれれば、なんとか続編も出せそうなんで、そろそろ「著者キャンペーン」は終わってもいいでしょう。正直、自分の本の話はもう飽きました。

もともとこのインタビューは、「modernfreaks」用にやったものなのですが、あっちだと毎日の更新は難しく、また、新しいサイトなので読んでいる人がおらず、こっちで出して、あちらに移動するという変則的な方式にしました。すでに役割は果たしたかと思うので、これを最後に、あとは「modernfreaks」にお任せします。この続きがアップされるのはずっと先になりますが、続きはあちらでお楽しみください。
 
 
『エロスの原風景』刊行記念
松沢呉一インタビュー18

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「これも前にマツワルで論じたように、属性で人を判断することから100%逃れられる人はいない。それは仕方ないことだとして、偉そうな肩書きだからと盲信したり、売れている人だから正しいことを言っていると思い込むのはやめた方がいい。そういうところでしか人を判断できないヤツらが、アムネスティや市川房枝の名前を利用する人権無視の市議たちに投票するのだし、実態のないジャーナリストという肩書きのごっこ右翼に騙される。しかし、ネットではそれを批判する人たちもたくさんいて、そんなハッタリがなくても評価されるべきものは評価される」

—–芸能人のブログはやっぱり人気がありますけど、無名の書き手でも人気があったりもしますよね。

「東村山の問題についても、もっともアクセスが多くて、信頼を得ているのは3羽の雀さん。“誰だよ、それ”って話だよね。どこの誰なのか、私自身、今に至るまでよく知らない。知名度も権威もない存在だったってことだ。そうなるまでにはそれなりの時間はかかっているけど、『3羽の雀の日記』は、1日万単位のPVがあって、この間は1日7万PVと書いていた」

—–よくわからないですけど、すごい数字なんですよね。

「すごいよ。何年か前の数字だけど、ポット出版のサイトは、出版社別のアクセスランキングによると、30位くらいだったはず。それより多い」

—–そんなランキングがあるんだ。

「消えちゃったみたいだけど、以前あったんだよ。正確ではないだろうけど、メドにはなる。そのくらいの順位だと、前後は主婦の友社とか、大きな出版社ばっかり。なんでそうなるかと言えば、ほとんどの出版社のサイトは本が出た時くらいしか更新されないから。本のことを調べていると、アマゾンでは情報が足りなくて、出版社のサイトに行くじゃないか」

—–行きますね。

「だから、出版社は出版社というだけでアクセス数を稼げるはずなのに、やる気のないサイトが多くて、アマゾン以上の情報がまったく出ていない。同じデータをコピーしているだけ。本を売る気がないんだよ。編集部日誌みたいなものがあっても、1ヶ月も2ヶ月も更新されていない。それでいて、“本が売れない”って嘆いているんだぜ。宝くじを買ってないのに、1億円を何に使うか一日中計算しているオレと変わらないだろ(笑)」

—–ウェブサイトは編集部じゃなくて、総務や営業がやっていたり、外部に委託しているので、編集部はわりと無関心だったりもします。

「9割以上の編集部がそうなんじゃないかな。個人でブログをやっている編集者はいても、仕事でそれをやろうとはしない。それが不思議」

—–本の宣伝をしようとすると、2ちゃんやmixiに書き込んだりして(笑)。

「実際にやっているのがいそう。だったら、自社の死んでいるサイトで何かやればいいのに。出版関係者の中には、ネットに対する軽視と敵視があるんだと思う。当初、出版界はインターネットがこんなに大きくなるとは予想していなくて、軽視していた。あるいは蔑視までしていたかもしれない。出版にはノウハウも信頼もあったんだから、早いうちにネットで何か始めていたら、そっちで食えるようになった出版社もあったはずなんだけど、ほとんどの出版社は見事に乗り遅れて、宣伝媒体としてさえ使えてない。今から5年か6年ほど前に、風俗誌がインターネットに客を奪われて、次々と部数を減らして、廃刊に追い込まれ始めた時に、“これからすべてのジャンルでこういうことが起きる”とオレは言っていたんだが、風俗ライターの言うことを聞くヤツはいないし、風俗雑誌に学ぶヤツもいないわな」

—–見事にその通りになりましたね。

「表現や行動に対する規制もたいていエロから始まる。誰も反対しないから。エロをバカにするヤツはエロに泣く。風俗誌が危機に追い込まれつつあった頃、出版界全体はまだ楽観していて、“本はなくならない”と言っている人も多かった。“なくなりはしないけど、ワシらはたぶん十年後には出版界で食えていないよ”って言ってもリアリティがなかったんだと思う。そのうち、ネットにマーケットを奪われるるようになってきて、今度は敵視するようになった。その時代からまだ抜けられていない出版社や個人が多いんだと思う。忙しくてそれどころじゃないってこともあるんだろうけど。出版社の仕事は増え続けているわけだから。それにしたって、本の情報くらいもっと編集者が書けばいいのに、たいていの編集者はそんなところに意識が向かってない。今だったら、ほとんどの編集者がインターネットで調べものをしているはずなんだけど、そこで情報を自ら発信していくという発想につながらない」

—–ネットに情報を出すと売れなくなるとまだ思っているのもいそうですしね。

「いっぱいいるよ。現実には情報を出せば出すほど、本は売れる。情報を出せば出すほど、その本について取りあげるブロガーも増える。ネタを流用すればいいんだからさ。ネットで情報を出せば出すほど、おそらく雑誌の書評も出やすくなる。ライターはその情報をアレンジすれば原稿がいっちょあがり。なのに、出版社がアマゾンの“なか見!検索”をやろうとしても、著者が嫌がるという話も聞く。だったら、書店での立ち読みはどうなるんだって話なんだけど、そこまでは考えないんだろうな。その軽視と敵視がGoogleブック検索に対するマヌケな姿勢にもつながっていて、そういうことこそネットで調べればいいのにさ。その点、ポットはネット対応が早くて、読物が多い。ブログが登場する前に、書き手に連載をやらせたことがいい結果を生んだ。出版社のサイトでの連載って、金を払っている場合も、払っていない場合も、どっちもあるけど、払っていない場合の問題は書き手がバタバタと倒れていくことだよね」

—–出版社が催促できる立場にはないですから。

「ポットのサイトでも、死んでいる連載が多いけど、蓄積が多いから、PVは万になる。それでも1日の平均では7万PVにはなっていないはず。『3羽の雀の日記』の7万PVは瞬間風速にしても、それ用のHNでやっている東村山問題専門ブログなのに、出版社のサイトに匹敵、あるいは凌駕するようになってきている」

—–“ポット出版に匹敵する”と言ってもたいしたことなさそう。でも、“主婦の友社に匹敵”と言えばすごそう(笑)。

「たしかに。人気芸能人のブログは名前で人を集めているだけだからまだまだ甘い。3羽の雀を見習え。名前を出しているのに、3羽の雀さんにとっくに抜かれているオレはどうなるって話だけどさ」

—–抜かれても嬉しいと。

「やっている内容にも賛同できる上に、あそこまでちゃんとやればああも支持されるって嬉しいよ。もともと3羽の雀さんは抜きん出て能力が高いんだけど、オレにとっても可能性を見られるんだから嬉しい。既存メディアでは、“ケッ、エロライターかよ”って足蹴にされても、ネットでは支持を集められるかもしれないわけで、出版よりネットに可能性を感じる。よくオレは、“風俗ライター・エロライターは出版界の最底辺”と自嘲しているけど、これもずいぶん驕った発言だと自覚はしている。情報の収集と発信を独占してきたメディアの中にはいて、相手にされないなりに自分の意見を言えてきたんだから。今は居場所がほとんどなくなっているにせよ、少なくともこれまでマスコミというカテゴリーの中にはいたわけさ。それが3羽の雀さんに負けるんだから、“ざまあみろ”という気持ちを禁じ得ない」

—–さすが言うことがマゾですね。

「このことはもうひとつの大事なことを示唆している。東村山の問題は、既存メディアでは取りあげられない。所詮、ローカルの話題でしかないから。せめて矢野穂積と朝木直子が都議だったら取りあげやすいんだけど、都民でもどこにあるのかよくわかっていない東村山だから、取りあげない事情はオレも理解はできる。そもそもあんな人たちが都議に当選するはずがないので、この仮定自体無理があるけれど。ところが、ネットではユニークアクセスでも万に達するようなニーズがあるわけだ。既存メディアで考えてきたニーズとネットのニーズがずれてきている。ネットのニーズが社会全体のニーズではないにせよ。このニーズは、瀬戸弘幸、中村克という特異きわまりないキャラが次々にここに関わったことによって膨れ上がったってことだったりもするんだけど、それと同時に、それらの人たちがいかにイカれているかを指摘し続けたブロガーたちによって、多くの人たちが関心を抱く契機が作り出されている。ここにいたって、さらに広範囲の人たちがこれに興味を抱き出していて、既存メディアも無視できなくなっていると思う。もはや既存メディアはネットの後追いしかできないってことだ。情報を収拾、検証、統合、整理して発信するというメディアの役割は今後もなくならないとしても、既存メディアに対する過剰な期待はもうしなくていい。“マスコミが取りあげてくれない”と嘆くんだったら、自分でやればいいってことなんだよ」

——大事な話の途中ですが、そろそろ、スープが少なくなってきましたよ。スープを追加してもらいますか。

「辛いカムジャタンより、スープが進むね」

—–話はなかなか進まないですけど(笑)。

(これ以降は、「modernfreaks」に続く)

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