2009-06-21

お部屋1882/『エロスの原風景』の裏庭風景 2・黙殺される存在

前回に続いて、エロがどう扱われているのかよくわかるエピソードです。

数年前のこと。知人と話していた時に、こんな話が出てきました。

「先日、知り合いのお父さんが亡くなったんだけど、お父さんは大学の先生だったんですよ」

キリスト教系の大学です。

「ところが、遺品の中から大量のエロ写真が出てきたんです。お父さんはクリスチャンで、真面目な堅物で通っていた人です。お母さんもそんなコレクションはまったく知らなくて、卒倒しそうなくらいに驚いたらしい」

よくある話です。

私は慌ててこう聞きました。

「そのエロ写真はどうした?」
「さあ」
「悪いけど、その人にすぐに連絡をとってくれないかな。その写真を引き取りたい」

彼はその場で携帯を取り出して、その知人に確認してくれました。

「この間言っていたお父さんの遺品の話なんだけどさ……そうそう。あれって、どうした?……引き取りたいって人がいて……ああ、そうなんだ」

すでにお母さんが1枚残らず焼いていました。見たくもないものだったのでしょう。やはりクリスチャンであるお母さんは「不潔、不潔」とでも呟きながら焼いたのかもしれません。

自分で撮っていたものでなく、おそらく歓楽街や温泉場で販売されていたエロ写真でしょう。これ自体、さほど珍しいものではないのですが、珍しいものが入っていたかもしれないと思うと悔しくて涙が出ます。

小学校の友だちのお父さんも大学教授で(当時は助教授だったかもしれない。その後、著書を何冊も出している、そこそこ知られる人)、その一家が引っ越すことになり、その友だちと荷物が運び出された家に行きました。道には大量のゴミが積まれていて、その中にスライド写真のアルバムが何冊もが捨てられていました。すべてエロ写真です。スライドなので、捨ててもバレないと思ったに違いありません。

その友だちによると、お父さんは海外の学会に行くたびにそういうものを買い集めていたそうです。そんなことを子どもに話していたとは思いにくいので、彼の推測か、お父さんが学会から戻ってくると、彼はこっそりコレクションをチェックしていたのでしょう。

「あれを全部拾っておけばよかったのに」と小学生だった自分のふがいなさに腹が立ちます。

亡くなる前に手放していたり、古本屋にまとめて売った本の中にまぎれていたり、捨てたものが古紙回収業者から古本屋の手にわたったりしたものが回り回って私のところに来ることもあるのですが、大半のエロの資料は「恥ずかしいもの」「なんの意味もないもの」として捨てられていきます。

浮世絵の春画も、国内では長らく研究されることも、評価されることもなく、一部の好事家が保存していただけで、多くの作品が海外に流出しました。今でも、国内では、展覧会が開かれることもない。エロですから。

メープルソーブやブルース・ウェーバーに影響を与えた矢頭保(やとうたもつ)という写真家がいます。メープルソーブの写真集に献辞が出ているくらいで、ゲイ写真家としては先駆的な存在です。生前は、三島由紀夫の序文付きで、ボディビルダーや祭りの写真集が出ていましたが、今現在、その名前を知る人は極端に少ない。ゲイですから。

『日本のゲイ・エロティック・アート』の序文で田亀源五郎は矢頭保の作品が黙殺され続けていることについて、悔しさの滲む文章を書いています(PDFです。http://www.pot.co.jp/pub_list/pub_book/images/geiero2_001-032_mihon.pdf)。

田亀源五郎が、労作『日本のゲイ・エロティック・アート』を出したのは、叩かれ、笑われ、忘れられた作品をなんとか後世に残したいとの願いからです。それらが消えていくことは、彼自身と彼自身の作品が消えていくことをも意味します。それに対して、異議を申し立てたのがあの本です。

そこに私は強い共感を抱きますし、私もこの本に少しは関われたことを嬉しく思います。

ゲイの表現物を自身ゲイである田亀源五郎がまとめたことに意義があるように、エロ本に携わってきた私がエロ本についての本『エロスの原風景』を出すことにも意義がありましょう。

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続きます。