2009-06-05

お部屋1865/部数と印税 2・刷部数と実売

「1864/部数と印税 1」の続きです。

前回、「ネットでは印税について細かく、かつ正確に書かれたものが少ない」と書きました。

以下は、「印税とは」で検索すると上位にくる印税の説明です。

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印税とは、著作権使用料です。本を出版するために、出版社が著作者に支払います。

単行本の定価の10パーセントが、印税分に割り当てられる場合が多いです。出版部数に応じて、印税は支払われます。

出版物が売れようが売れまいが、著者が受け取る印税は変わりません。

本が始めて出版されることを初版といい、次に出版されることを2版といいます。版が増えるその度に、印税は支払われるのです。

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「1864/部数と印税 1」を読んだ方にはおわかりのように、「明らかに間違っている」とまでは言えなくても、これでは「買い取りもある」「実売計算の印税もある」「印税率はさまざま」「版と刷は違う」ということがわかりません。

その点、ウィキペディアの「印税」の項では必要最低限の説明がなされていますが、「詳しい説明」とは言いがたい。

なぜこうも印税について正確かつ詳細に語られることが少ないのかと言えば、印税は本を出す人しか興味がないってこともあるでしょうし、興味があるはずの著者たちも、こういう話を公開してはいけないと思い込んでいることがあるためです。

印税に限らず、部数や原稿料についても公開してはいけないと思っている人たちがよくいるのですが、そんなルールはどこにもない。

雑誌には公称部数というものがあるため、実数を公開されると嫌がられることがあるかもしれません。出版社が公称部数を言いたがるのは、広告のためだったりするわけですが、代理店は実数をつかんでますし、部数が多くても、効果がなければ広告を出さず、だから広告収入が落ちているわけで、いまさら部数をごまかしても意味がない。

ただし、「売れているものに価値がある」と考える人たちが多いため、他が水増しした数字を出している中、自分のところだけ実数を出しにくい。この気持ちはわかります。

ポット出版の単行本の奥付にはかつて部数が記載されていました。ポット出版は、「すべて公開」という考え方が強く、だから部数も公開していたのですが、世間一般、本の部数についての理解があまりに乏しいため、「初刷3000部」と書かれていると、それだけで「売れてない本」と判断して買わなくなってしまう人たちがいます。

潰れた草思社のように、初刷で6千部から8千部刷って、値段を安めに設定し、全国の書店に回してベストセラーを出しやすくする本の売り方はすでに成立しにくくなってきていますから、3千部という数字は決して少ないわけではないのですが、そこまでわかっている人はそうはいません。私自身、知り合いに「少ないね」と言われたことが何度もあります。

そこで私は「他の人はそのままでいいとして、オレの本では部数を外して欲しい」とお願いして、今は他の本でも部数は記載されていません。

しかし、今書いているこの文章のように、3千部という部数の意味を丹念に説明できる場においては、隠す意味がありません。「本はどの程度売れるのか」、つまりは「本を売るのがどのくらい大変なことなのか」を広く理解してもらった方がずっと前向きです。

まして単行本の印税について公開して困ることは何もないはずです。印税を踏み倒している出版社は困るでしょうが、書き手までが出版社に協力して印税の話を公開しないと、いつまでもこういった出版社が印税を踏み倒し続けてしまうことにもなります。

では、具体的な数字を出しつつ、印税と部数の話を続けます。

出版ビジネスは増刷以降がおいしい。多くの手間と経費は初刷分でクリアされて、以降は、紙代、印刷代、製本代、印税しかかからないのに同じ定価で売れるのですから、初刷と増刷では利益率が全然違う。

そのため、著者の中には「増刷以降の印税率を上げるべき」と主張する人たちもいます。「出版社の利益が増えるのだから、著者にも配分しろ」ってことです。この主張には一利あるのですが、これを実現しようとすると、出版社は帳尻を合わせるために、基準になる印税率を落とすことになるでしょう。

現に「千部当り1%の印税が適切」と語る編集者がいます。3千部の本なら印税は3%で、1万部刷って初めて10%です。5万部で50%というわけにはいかないですから、1万5千部以上は一律で15%といったところが妥当でしょうか。もっともリスクの高い初刷の経費を落とせるので、出版社にとってはこの方がいいかもしれない。

しかし、現実にこういった細かな変動制の印税を実行している出版社は聞いたことがない。こうして欲しいと主張する著者がいて、そうしたいと語る編集者もいるのに、どうしてこうならないのでしょうか。

単純に支払いが煩雑ということとともに、これを実行すると、出版社は成立しなくなる可能性があるためです。

文庫や新書を除く文字の単行本に関して言えば、1万部以上売れる本より1万部以下の本の方がずっと多いですから、ほとんどの著者にとっては収入減になり、一部の著者だけが増収です。今現在も、売れる人は印税率が優遇される傾向があり、さらには印税とは別のアドバンスが支払われることもあります(取材経費という名目だったりするらしいですが)。その上、印税の変動制を導入すると、売れる人はいよいよ儲かり、売れない人はいよいよ儲からないという格差拡大が生じます。

3%の印税では本を出す気がなくなってしまう書き手も出てきてしまい、これでは出版社は数を確保できなくなります。数を確保することで売り上げを維持できてますから、さして売れないとしても、それらの著者はいなければ困る。その結果、「部数が少なくても印税率は変わらず、確実に売れる書き手については高めの印税率を提示することもある」ということになっているのであって、現状のありようはそれなりには合理的にできていると思えます。

出版業界では、「刷部数計算」から「実売計算」にスライドする方向に動きつつあって、「売れない著者は報酬が少ない方式」は現実のものになりつつあります。私自身、最初から「刷部数の3%」と言われるより、「実売の10%」と言われた方が抵抗がありません。結果、ほとんど印税をもらえないことがあるにしても、売れないのは自分のせいですから。その上で、増刷に関しては一律に12%、13%といった「刷部数計算」にする方が、出版社にとっても、書き手にとっても納得しやすいのではないかと思ってます。

「実売計算」でいいので、増刷分は率を増やせ。こういう主張ならいいとして、「初刷の印税率をそのままにして、増刷分の印税率を上げろ」と主張しても、出版社は飲めないでしょう。

2回で終わる予定だったのですが、もう一回続きます

このエントリへの反応

  1. [...] 次回に続きます。     注:出版界でも「版」と「刷(すり)」はアバウトに使われがちですが、「初版」は最初の版のことで、「初刷」は初版の最初の印刷のこと。最初の版で何度印刷しようとも初版です。版を作り直して始めて「第二版」になります。 [...]

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