2009-01-20

お部屋1761/バカ右翼とねこバトル ※追記あり

思い切り、間があいてしまいました。

昨年暮れに、たまたまテレビ朝日でドラマ「吉原炎上」の再放送を観たのですが、原作とはまったく違う代物になっていて、あり得ないことが次々と起きます。

原作は実話が元になっているのですが、ドラマは9割が創作です。実話を元にした原作を使って、フィクションを創作することがいけないわけではないでしょうが、そうであるならその旨を明示すべきです。

なおかつ、その創作が、時代背景を考えればあるはずのない描写やセリフ、エピソードが連発するとあっては、批判しないではいられない。

江戸時代、あるいは赤線時代の吉原については、さまざまな資料が今なお手に入りやすいのですが、明治期の吉原に関する資料は入手しにくく、時代考証をしなかったのでしょう。

ドラマを観ているうちに、おかしな点がさまざま出てきたのですが、批判する以上、確認をする必要があります。詐称ジャーナリストの瀬戸弘幸とはワケが違いますので。

そこで、うちにある明治時代の遊廓資料を引っ張り出して、あのドラマの間違いをずっと調べてました。遊廓については、国会図書館よりうちの方が充実してます(先日、テレビを観ていたら、国会図書館には、日本のすべての刊行物が保存されているようなことを言ってましたが、とんでもない誤解です。古い資料を調べたことのある人ならおわかりのように、揃っているのは、ここ30年かそこらに限り、それ以前のものは抜けが多く、とくにエロに関するものはスカスカです)。

それでもまだわからないことがあります。例えば、明治44年の大火前を舞台にしたドラマに出てくる吉原大門の形状は、大火以降の写真を元にしたのではないかと疑っているのですが、確証がないです。どの資料を見れば確認できるのかのメドはあるのですが、自分の所有しているその資料を探せないのです。

これについては連載「昔のセックスワーク」で半年以上にわたって批判していくつもりです。その間には必要な資料が出てくるでしょう。

それ以外にも、出版社が正月休みの間に、普段できない調べものをしたり、長文の原稿を書いたりしているうちに、今度は連載の締切に追われ、単発の原稿依頼もあって(これも遊廓に関するものです。一緒に調べればいいので好都合です)、次の単行本の作業も始まってます。「ナックルズ」の連載をまとめた本をポット出版から出します。4月発売の予定です。

こんな日々を送っているうちに、「お笑い右翼」のことがいよいよどうでもよくなってしまってます。

瀬戸弘幸たちは、人を笑わせる存在でしかないと言っても、笑いのセンスのない人たちですから、そういつまでも笑えるものではなく、本物のお笑い芸人さんたちにかなうはずがない。なお、明日、1月21日は恒例の「嗚呼 お笑い 東洋・太平洋秘宝館タイトルマッチ」です。R-1三回戦に進出が決定した元氣安も出ます。

大の大人たちがベランダのウンコで大騒ぎしたことから学習することもなく、今度はバイクのパンクで陰謀を喚き立てるような人間が出てきたのでは、私はお手上げです。もはや医者が解決すべき領域ですから。

さっき西安に住む中国人女性から、いきなりスカイプでコンタクトがあって、彼女はしっかり「こんにちは」と書いてました。クロダイさんは、この中国人ほども日本語を知らないことを恥ずかしいと思えれば学習することもできるのですが、日本語能力だけでなく、恥の観念も欠落しているのですから、救いようがないです。

テレビでバカタレントが活躍しているのに呼応して、右翼でもバカが大流行のようです。バカタレントはバカを自覚しているのに対して、自覚のないバカ右翼は手がつけられません。同様にバカな支持者だけを相手に生きていけばいいのですが、こいつら、他人に迷惑をかけますからね。

なので、放置してはいけないと思うのですが、さすがに飽きました。3羽の雀さんはもちろんのこと、このところ、もんさんが頑張ってくれているので、安心です。

気分が乗ったら、また復活するとして、ひとつ訂正をしておきます。

ミハルさんが取り上げていた捨て猫禁止、餌やり禁止の写真は、私の心のやさしさとは無関係です。あれは、野良猫に餌をやる「餌やり派」と、それを迷惑がる「駆除派」、その間で共生を目指す「ねこ対派」(ねこ対策会議)との熾烈なバトルについて書いたものです。「ねこ対派」のパトロールを逃れるため、「餌やり派」は深夜活動をしていて、私はそれを観察する「野次馬派」です。

バカ右翼の観察より、今はこっちの観察の方が楽しいです。
 
 
追記:明治44年の吉原大火の絵はがきが出てきました。焼け落ちた門の写真なので、正確にはわからないのですが、門の形状は、テレビドラマにあったものでよかったようです。失礼しました。

追記2:上の追記を書いたすぐあとで、明治36年の本に写真が出ているのを発見。これを見ると、やはり大門の形状が違っています。ドラマは原作と違い、明治40年から46年までの設定のため、明治36年から明治40年の間に大門に手が加えられていない限り、時代考証ミスの可能性が高くなってきました。

このエントリへの反応

  1. [...] 前に書いたテレビドラマ「吉原炎上」を批判したシリーズがこちらで始まってます。ムチャクチャ細かな話なので、今年いっぱい続きそうです。 [...]