レズビアン&ゲイ・ スタディーズ

レズビアン&ゲイブックガイド2002


レズビアン&ゲイ・スタディーズ

 十数年前、『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽文庫、『ゲイという[経験]』収録)を執筆している頃の私には、「ゲイ」「ホモ」「同性愛者」といったカテゴリーは、自分を抑圧し差別するような被差別記号でしかありえなかった。というか、まだ余裕がなくて、そうしたネガティブな側面にしか思考が向いてなかった。それに、80年代には思想オンチでポストモダンにはとんと関心のなかった私も、気分としてはポスト構造主義的なるものに影響を受けていたのだろう。なんとなく、「同一性」とか「共同性」といったものに対する否定的な感覚は共有していた。だから私はその処女作に、これはゲイ解放宣言の書であるとともに、「しかしいずれは「ゲイ」というカテゴリーが解体されるのが『正しいこと』だ」というふうな主旨を、はっきりと記していた。そういう意味では、すでに、90年代半ばに欧米から輸入されることとなったクィア・セオリーとも方向性を共にしていたのだろう。
 そうした感受性は、同時期に発表されたレズビアン・スタディーズの嚆矢、掛札悠子『レズビアンである、ということ』(河出書房新社)にも見出される。そこでもすでにレズビアンという主体の構築性と、それへの懐疑が問題意識としてはっきりと打ち出されていた。
 日本における同性愛差別の政治構造を明らかにしようとした最初の仕事としては、平野広朗の『アンチ・ヘテロセクシズム』(パンドラ、1994)が挙げられるが、それに続くゲイ・スタディーズとして上梓されたまさに『ゲイ・スタディーズ』(青土社、1997)は、日本のゲイ「解放運動」を担ってきた動くゲイとレズビアンの会の、キース・ヴィンセント、風間孝、河口和也によって著された。けれども、この本の理路も、政治的な主体としては「同性愛者」を立てて戦略的にそれを使っていかざるをえないとするが、「同性愛者」という主体自体は政治的な意匠として以外には重視されない。
 これらはどれも、差別と抑圧の根源は「同性愛者」のカテゴリー化により生じたものあり、そうした土俵自体を解体しないでは差別と抑圧は解消されない、とするロジックを内に持っている。それは、現在ジェンダー・スタディーズを席捲している社会構築主義、クィア・セオリーとも同様のものである(この手の議論の入門書としてはアエラムック『ジェンダーがわかる。』(朝日新聞社、2002)がわかりやすい)。つまり、日本のレズビアン&ゲイ・スタディーズは、最初から、単純な本質主義からは始まっていなかったのだ。しかしその理路においては、ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』(青土社、1999)に代表されるクィア・セオリーと言われるものほどの徹底さはなかった。つまり、政治的な戦略としてはともかく、理論としては中途半端なものだったと言えるかもしれない。
 そのようにレズビアン&ゲイ・スタディーズの議論の流れを喝破したのは、伏見憲明編『クィア・ジャパンvol.3  魅惑のブス』(勁草書房)に「クィア理論とポスト構造主義」という論文を発表した野口勝三である。そして野口は返す刀で、実はそういうクィア・セオリー自体も、真理主義の罠に陥っていると、批判する。土俵を解体することが正しい、とするのは、ひとつの形而上学的(=否定神学)な観点だ、クィア・セオリーの理路は、人々の実存の中から生じたものではなく、思弁的な理念にすぎないというのが、彼の議論である。
 ポスト構造主義の思想それ自体を批判の射程に入れた野口勝三の理論は、近刊『正義』(ポット出版、2002)でも展開される。今後、ジェンダー/セクシュアリティの領域で、そうした新しい思潮が台風の目となることは間違いない。


レズビアン&ゲイ・スタディーズ
●ブックリスト

ジェンダーがわかる。 アエラムック78
/2002年/朝日新聞社/1200円
ISBN4-02-274128-7
日本の男はどこから来て、どこへ行くのか
男性セクシュアリティ形成〈共同研究〉
浅井 春夫・伊藤悟・村瀬幸浩執筆/2001年/十月舎/2500円
ISBN4-434-01162-6
教会と同性愛
アラン・A・ブラッシュ/2001年/新教出版社/1000円/新書
ISBN4-400-44263-2
男同士の絆 イギリス文学とホモソーシャルな欲望
イヴ・K・セジウィック/2001年/名古屋大学出版会/3800円
ISBN4-8158-0400-1
クローゼットの認識論
セクシュアリティの20世紀
イヴ・コゾフスキー・セジウィック/1999年/青土社/2800円
ISBN4-7917-5722-X
ポリセクシュアル・ラヴ ひとつではない愛のかたち
石井達朗/1997年/青弓社/2000円
ISBN4-7872-3135-9
三〇億の倒錯者 ルシェルシュ12号より
市田良彦編訳/1992年/インパクト出版会/1845円
ISBN4-7554-0027-9
人間の数だけ生き方がある
伊藤悟/2000年/三天書房/1400円
ISBN4-88346-060-6
異性愛をめぐる対話
伊藤悟 簗瀬竜太編著/1999年/飛鳥新社/1500円
ISBN4-87031-384-7岩波講座現代社会学10
・セクシュアリティの社会学
井上俊・上野千鶴子・大澤真幸・見田宗介・吉見俊哉/1996年/岩波書店/2600円
ISBN4-00-010700-3
・岩波講座現代社会学11 ジェンダーの社会学
井上俊・上野千鶴子・大澤真幸・見田宗介・吉見俊哉/1995年/岩波書店/2600円
ISBN4-00-010701-1
・日本のフェミニズム別冊 男性学
井上輝子・上野千鶴子・江原由美子編 /1995年/岩波書店/2000円
ISBN4-00-003908-3
・イマーゴ/imagoゲイ・リベレーション
1995年11月号/1995年/青土社 /1262円
・イマーゴ/imagoセクシュアリティ
1996年5月号/1996年/青土社 /1262円
構築主義とは何か
上野千鶴子編/2001年/勁草書房/2800円
ISBN4-326-65245-4
発情装置 エロスのシナリオ
上野千鶴子/1998年/筑摩書房/1900円
ISBN4-480-86311-7
実践するセクシュアリティ 異性愛の政治学
風間 孝ほか編集/1998年/動くゲイとレズビアンの会/1900円
ISBN4-901039-02-4
・批評空間Ⅱ-8 宗教と宗教批判
柄谷行人 浅田彰編/1996年/太田出版/2136円
ISBN4-87233-255-5
ホモセクシュアルな欲望
ギィー・オッカンガム/1993年/学陽書房/1942円
ISBN4-313-84071-0
ゲイ・スタディーズ
キース・ヴィンセントほか/1997年/青土社/2400円
ISBN4-7917-5555-3
同性愛のカルチャー研究
ギルバート・ハート/2002年/現代書館/2800円
ISBN4-7684-6811-X
クィア・スタディーズ ’96 ’96クィア・ジェネレーションの誕生!
クィア・スタディーズ編集委員会編/1996年/七つ森書館/2000円
ISBN4-8228-9620-X
クィア・スタディーズ ’97
クィア・スタディーズ編集委員会編/1997年/七つ森書館/2600円
ISBN4-8228-9724-9
ジェンダーと多文化  マイノリティを生きるものたち
桑山紀彦/1997年/明石書店/2800円
ISBN4-7503-0978-8
市民的共生の経済学3  家族へのまなざし
慶応義塾大学経済学部編/2001年/弘文堂/2800円
ISBN4-335-40003-9
★レズビアン/ゲイ・スタディーズ
現代思想増刊1997年5月号/1997年/青土社/1619円
ISBN4-7917-1017-7
ジュディス・バトラー
現代思想2000年12月号/2000年/青土社/1238円
ISBN4-7917-1067-3
クィア・サイエンス 同性愛をめぐる科学言説の変遷
サイモン・ルベイ/2002年/勁草書房/4500円
ISBN4-326-60150-7
キリスト教は同性愛を受け入れられるか
ジェフリー・S・サイカー編/2002年/日本キリスト教団出版局/4600円
ISBN4-8184-0453-5
セクシュアリティ
ジェフリー・ウィークス/1996年/河出書房新社/2816円
ISBN4-309-24180-8
ウーマンラヴィング レズビアン論創成に向けて
シカゴ大学出版局編/1990年/現代書館/2000円
ISBN4-7684-5576-X
比較サベツ論
柴谷篤弘/1998年/明石書店/2800円
ISBN4-7503-1000-X
ジェンダー・トラブル フェミニズムとアイデンティティの攪乱
ジュディス・バトラー/1999年/青土社/2800円
ISBN4-7917-5703-3
310人の性意識
異性愛者ではない女たちのアンケート調査
性意識調査グループ編/1998年/七つ森書館/2500円
ISBN4-8228-9829-6
知った気でいるあなたのためのセクシュアリティ入門
関修 木谷麦子編/1999年/夏目書房/2600円
ISBN4-931391-48-6
同性愛の百年間 ギリシア的愛について
デイヴィッド・M.ハルプリン/1995年/法政大学出版局/3800円
ISBN4-588-02162-1
聖フーコー ゲイの聖人伝に向けて
デイビッド・M・ハルプリン/1997年/太田出版/2800円
ISBN4-87233-326-8
★正義
野口勝三/2002年/ポット出版/未刊
サフィストリー レズビアン・セクシャリティの手びき
パット・カリフィア/1993年/太陽社/2136円
ISBN4-88468-038-3
パブリック・セックス 挑発するラディカルな性
パット・カリフィア/1998年/青土社/2800円
ISBN4-7917-5650-9
プルーストと同性愛の世界
原田武著/1996年/せりか書房/2900円
ISBN4-7967-0196-6
レズビアン (レッド・アロー・ドキュメント)
ハンス・エバーハート/1994年/青弓社/2000円
ISBN4-7872-9093-2
★アンチ・ヘテロセクシズム
平野広朗/1994年/パンドラ/2000円
ISBN4-7684-7724-0
性の倫理学
伏見憲明/2000年/朝日新聞社/1500円
ISBN4-02-257511-5
〈性〉のミステリー 越境する心とからだ
伏見憲明/1997年/講談社/640円/新書
ISBN4-06-149349-3
「オカマ」は差別か 『週刊金曜日』の「差別表現」事件
伏見憲明ほか/2002年/ポット出版/1500円
ISBN4-939015-40-8
クローン、是か非か
マーサ・C・ナスバウム、キャス・R・サンスタイン編/1999年/産業図書/2800円
ISBN4-7828-0125-4
薄紫色(ラヴェンダー)のカウチ
レズビアンとゲイのための心理療法利用案内
マーニー・ホール/1992年/太陽社/2136円
ISBN4-88468-040-5
★「オカマ」考
松沢呉一/2002年/ポット出版/未刊
性の歴史1 知への意志
ミシェル・フーコー/1986年/新潮社/2400円
ISBN4-10-506704-4
性の歴史2 快楽の活用
ミシェル・フーコー/1986年/新潮社/2900円
ISBN4-10-506705-2
性の歴史3 自己への配慮
ミシェル・フーコー/1987年/新潮社/2900円
ISBN4-10-506706-0
〈性の自己決定〉原論 援助交際・売買春・子どもの性
宮台真司ほか/1998年/紀伊国屋書店/1700円
ISBN4-314-00821-0
女性同性愛者のライフヒストリー
矢島正見編著/1999年/学文社/4700円
ISBN4-7620-0873-7
・男性同性愛者のライフヒストリー
矢島正見編著/1997年/学文社 /4700円
ISBN4-7620-0737-4
・ユリイカ クィア・リーディング
1996年11月号/1996年/青土社 /1262円
ISBN4-7917-0008-2
ホモセクシュアルであるということ ゲイの男性と心理的発達
リチャード・A・イサイ/1996年/太陽社/1553円
ISBN4-88468-048-0
ホモセクシュアルとは
レオ・ベルサーニ/1996年/法政大学出版局/2300円
ISBN4-588-02175-3
セックス・イン・ザ・フューチャー 生殖技術と家族の行方
ロビン・ベイカー/2000年/紀伊国屋書店/2200円
ISBN4-314-00875-X
同性愛・多様なセクシュアリティ 人権と共生を学ぶ授業
“人間と性”教育研究所編/2002年/子どもの未来社/2500円
ISBN4-901330-19-5