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ポット出版欠歯生活
第14回削りっぱなしの人生

書き手北尾トロ
[2004-05-281公開]

 吊り橋状態で欠歯をフォローするブリッジ。歯科治療ではおなじみの、文字通り身を削って欠歯をカバーする治療法だ。健康な歯を平坦にならすのである。両隣の歯に、できるだけ均等のチカラを振り分け、偏りがないように支えようという発想だ。
 けれどもそこには当然、無理が生じる。
 噛むことによる衝撃は、分散させて対応できるとしても、どのくらいの期間もつのか。
 強固に思えた吊り橋も長年の風雪にさらされれば、いつかは土台が揺らいでしまい、川底に転落する運命にある。それを防ぐにはマメなメンテナンスが必要で、ときには補修工事をしなければならないだろう。それでもキビシければ、事故が起きる前に新しい橋を造るしかない。
 同じことが歯にもいえる。定期的なチェックが不可欠だ。
 でも、ひとつ違う点がある。橋は造り直すことができるが、歯の補修はたやすくないってことだ。
抜いたら終わり。抜かないまでも、ブリッジをかけるだけの土台が確保できなければ基本的にはジ・エンド。沢辺さんはいう。
「いくらメンテナンスしたって予防には限界があるじゃない。だいたい、つなぎ目のところがヤラレちゃうんだよ。でさ、ブリッジってのは、つなぎ目をわざわざこしらえるわけでしょ。リスクが大きいと思うんだよね」
 仮にいま、両脇の歯が健康だとすると、3本の歯は、自前健康・欠歯・自前健康の並び。ここにブリッジをすると自前削り歯・(ブリッジ)・自前削り歯となる。なんとか日常生活に支障のない状態にはなる。でも冷静に考えるとそうじゃない。虫歯予備軍・(ブリッジ)・虫歯予備軍なのだ。
 どんなに気をつけていても、つなぎ目は磨きにくく、健康な歯に比べて虫歯になる確率はぐっと高くなる。虫歯になったら、また削るしかない。で、再ブリッジ。これを繰り返せば、いずれ削るところがなくなって抜くしかないってことにもなりかねず、最悪の場合、こうなってしまう。
 欠歯・欠歯・欠歯。
 恐怖の3連欠歯だ。2連続欠歯でさえブリッジで支えるのには無理があるのだ。こうなったらもう、入れ歯かインプラントに頼るしかない。実際、沢辺さんはブリッジ箇所が虫歯になってしまったことで連続欠歯の悲劇を味わってもいる。
 帰宅して、じっくり考えた。ぼくの歯は現在、奥から自前健康・欠歯・削り歯となっている。ポイントは手前が削り歯であることだ。欠歯をインプラントにすると、削り歯は削り歯として治療をしないといけない。さしあたり、差し歯ということにしておこう。するとインプラント&差し歯でヘタすれば50万ほどかかってしまう。対してブリッジなら全部で数万円。だから、医者は消極的ではあるけれど、ブリッジを提案したのだ。
 ここまではいい。イヤなのは、いったんブリッジにしたら、後戻りできないことだ。
自分の歯は弱い。これまでの人生を振り返ってみても、少しでも不安がある歯は、すべてトラブルになってきた。
 ブリッジとの付き合いも長い。そもそも今回の騒ぎの発端からして、インプラントと自前歯の強引なブリッジによるものなのだ。これがどうなったかは、舌で右下奥歯を触ればわかる。
 欠歯(インプラント補修中)・欠歯(インプラント設置中)・欠歯(インプラント設置中)だ。
 残り少ない健康歯を犠牲にして、経済面以外、何かいいことがあるのだろうか。
 いやいや、長いスパンで考えたら、金だってかかってくる。で、最後はボロボロになってインプラント3連発かよ。あーイヤだイヤだ。
 虫歯になれば削る。そこがまた悪くなり、削る。どうにもならなくなって抜く。両隣を使ってブリッジをする。両隣が悪くなりはじめる。削る。そこがまた‥‥。
 どうなんだこれ。典型的な“先送り”じゃないのか。削りっぱなしの人生なんて、喜ぶのは歯科医だけじゃないのか。
 治療の日、ぼくは担当医師に予定変更を申し出た。自分なりに考えたブリッジのリスクを口にすると、医師はおおむねそのとおりだと答えた。ブリッッジにして生涯そのままいける可能性はほとんどないという。もちろん、前回にも説明は受けていたが、そのときのぼくは、これ以上インプラントが増えたら大変だと、支払いのことばかりが頭を支配していたのだ。
「それなら、いずれ欠歯をインプラントにする前提で、モノが噛めるようにしてください」
 欠歯多数のため、文字通り歯切れの悪い声で、ぼくは頼んだ。この頃は、左側で噛むことができず、右側も不自由なので、ほとんど毎食、少量の麺類を呑み込むように食べるだけ。ぼくはげっそり痩せてきているのだった。

第13回●再開のごあいさつ
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