2007-10-15

QJr 座談「こいつがいるから真っ当に生きられる」その3

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(写真は西野浩司さんの飼い猫、デビ)

猫が
元カレとの
友情を
復活させて
くれた

伏見 佐藤さんは犬がきてから夫との関係もより良好になりましたが、斎藤さんは男のほうが猫よりあとにくるでしょう。猫と男の人との関係性はどうですか。
斎藤 前々からそういうところあったけど、男の人との関係は遊び以外は考えられないもんね。たまたまこのあいだは生活保護受けてる人だから、この家で過ごしたけど、本来だったらホテルとかで過ごしたいからさ。1泊ぐらいだったら、朝帰りしても忠ちゃんも怒りませんから。前に7年間つきあったような関係は、もう無理だろうね。
伏見 忠太郎くんはオス猫で、斎藤さんの恋人に対して嫉妬はありますか?
斎藤 前の彼はメガネをかけてたんですけど、私のまねして忠ちゃんの前に顔を出したら、バーンと猫パンチを受けて、メガネが飛んでザックリ傷になったことがありました。だから「俺とこいつとどっち取るんだ」っていうのは、必然的に本気で出たセリフだったと思う。忠ちゃんも彼に対してすごく嫉妬したんだよね。この家に編集者がきて打ち合わせをしてたら、モワーッとオナラ臭いのね。私と担当で「あなた?」みたいな感じで見つめあいましたよ(笑)。最初はわからなかったけど、忠太郎がオナラしたんだよね。
西野 すごいいやがらせ(笑)。
斎藤 前はつきあった相手のバッグにスプレーもしてたし。
西野 うちのデビはそこまで嫉妬深くはないかなあ。最初に二匹一緒に飼ってた時は、もう一匹はオス猫で、その時はその二匹は仲が悪くて、気の強いメス猫だったんだけど、僕と二人で暮らすようになってからは、本当におっとりした猫になった感じ。猫パンチもしないし、ごくごくたまに男を連れ込んだ時も、オドオドしたり近づいてみたりという感じで、気立ては良くなったかな。
伏見 でも二匹いたうちのどっちを連れていくのかで、意見は分かれなかったの?
西野 僕はもし猫を飼うんだったら、昔のディズニー・アニメの悪役のシャム猫みたいな、気の強ーいしたたかな、いじわるそうな痩せたメス猫がいいと思ってたから、最初から目がつり上がってスリムなメス猫が欲しいって言ってたの。彼は白っぽくて丸い男の子を欲しがったから、引き取る時の問題はなかった。
伏見 猫同士は寂しがらなかった?
西野 僕とデビが家を出てから、そのオス猫はチョビっていうんだけど、パニックになって、「あのコたちがいなくなった!」と、完全にバカになっちゃって、そこらじゅうウンコしまくったそうです。2年間くらいストレスで、彼のほうはたいへんだったらしい。
佐藤 2年間も続いたんですか。
西野 トイレが全然できなくなったそうです。
斎藤 猫って実は相当賢いんだよね。
伏見 古傷に触れるようですが、〝猫をかすがいに戦略〟というのは、ダメだったんですか。
西野 そうですね。結果的に……(笑)。それは猫のせいでも何でもなく、僕たちの個人的な問題ですね。
伏見 結論としてゲイのパートナーシップを結びつけるものとして猫は、そんなに役に立たないってことでしょうか(笑)。
西野 役に立たないことはないですよ。いなかったらもっと早く別れてたかもしれないし。でも、それだけではダメだったぐらい、僕ら二人に問題があったということです。ゲイがいけないわけでも、猫がいけないわけでもないんだと思います。僕の仕事が忙しくなったこともあって、最初は埼玉から東京へ僕とその猫だけが別居という形にしたんですけど、結果的に別れてしまいました。あんまりいい別れ方じゃなくて、5年間も一緒に暮らしたくせに、気まずい自然消滅みたいな感じで音信不通だったんですよ。お互い憎み合ってたわけじゃないんだけど。
斎藤 無理やり自然消滅化したわけね。
西野 そうそう。それで別れてから6年間、音信不通だったんです。ところがある夜、元カレから突然電話がかかってきて、「チョビが死んで明日お葬式だから、お通夜にきてくれないか」と。それが去年の1月のことで、別れてから初めて彼のところに行って、死んじゃった猫のお通夜を二人でやったんです。そのことを考えると、今でも涙が出ちゃうんだけど。
佐藤 彼と二人でお通夜をしたんですか。
西野 うん。彼にはもうつきあってる男はいたんだけど、その猫に関しては僕との関係でのストーリーだから。猫って生きてる時はやわらかくて温かいものが、あんなに硬くて冷たくなっちゃうのね。それで彼との関係が、元カレとして友達として復活して、今はつきあってる男についての愚痴も聞けるような関係になりました。それは死んだチョビの恩返しみたいな感じがするんですよ。僕らをもう一回友達として復活させてくれたんですね。だから別居して別れました、飼ってた猫を一匹ずつ引き取りました、だけでお話は終わらなくて、まだその先があったんです。猫が恩返ししてくれて、元カレということで関係性も復活させてくれるようなかすがいにはなってくれましたね。
斎藤 人間の子ども以上にかすがいかもね。離婚して子どもを会わせない人もいるからさ。
伏見 別れる時に、西野さんは猫を引き取らずに彼の元に置いていくという選択はなかったんですか。
西野 彼にしてみれば、出ていくなら二匹引き取ってくれ、という感じはちょっとあったみたいだけど、僕も二匹は無理だから一匹ずつにしましょうということになって。二匹いると僕はどっちかを愛しちゃうと思う。比べるわけじゃないんだけど、「こっちのほうがちょっとだけかわいい」ってなっちゃうから。オス猫とメス猫が一緒にいた時、やっぱりメスの小さいコのほうがかわいくて、オスが追いかけ回して身体も大きいから、僕がメスをかばおうとするし、彼は僕がメスをかばっているから、オスのほうをかばうみたいにして、二匹いるとどっちかっていうことになると思ったからね。

ペットは
生活を
健全にする

伏見 斎藤さんも一匹主義?
斎藤 今、母親からの預かり猫が家にいるんだけど、私は猫が好きだと思ってたのね。でもそうじゃなかったのねえ。私は忠ちゃんが好きなの。母親の猫には「おまえのことは嫌いじゃないけど愛してないよ」って、つい言いたくなっちゃうんだよね。メス猫で「ニャオン」って媚びた目ですり寄ってくるわけ。私の身体のどこかに触ってないとダメみたいな感じで、もうそういうのがイヤなのっ! 1日に2回しかその母親の猫がいる部屋には入らないから、拉致監禁みたいなものなんだよね。でもね、たぶん母親よりはちゃんと世話してる。ごはんも水もトイレもきちんと取り換えてるし。だけど愛情はこれっぽっちも与えてない。愛情は忠ちゃんにだけなの。
伏見 佐藤さんは今まで犬と生活をしたことがなかったわけですが、この2ヵ月間で同居相手として苦労したことはありましたか。
佐藤 みんな私が犬を飼うにあたって、「佐藤にできるかな。たいへんだよー」ってすごく疑われていたんですよ。ひどい人は「たまごっちを育てられたら犬を飼ってみれば」なんて言うんですよ、46の女に向かって(笑)。それぐらい自分のごはんもロクに作らず、「おにぎりでいいや」なんて感じで仕事しちゃうタイプだから、犬の世話ができるのか疑われて、自分でもたいへんかもなと思っていたんです。が、結果的に散歩には朝晩2回行ってるし、エサもあげてる! 雨が降ったり忙しい時に、10分ぐらいで散歩から戻らなくちゃいけないと、「鉄がかわいそうだなあ。もっと散歩させたいのになあ」と気がとがめる感じがストレスになってますね。
斎藤 犬も一緒に遊びたがるでしょう。一人でいるのが苦手だもんね。
佐藤 そうですね。おもちゃを持ってきて「遊んで」みたいにしますよ。
伏見 でもそれに対してたいへんだとかイヤだという感情はないんだ。
佐藤 ないですよ。「今からおまえと公園に行って、思う存分遊んでやりたいぜ!」っていう気持ちです。
伏見 でも佐藤さんの職場は徹夜もあったり、いつも誰かが合宿してるような、労働条件が劣悪な会社じゃないですか(笑)。24時間営業のような会社生活で、朝晩の散歩があって、たいへんじゃないんですか。
斎藤 でも精神的にはいいよね。
佐藤 うん、気分転換になるし、どうしても私がダメな時は、会社に毎日鉄を連れて行ってるので、社員も「おしっこ連れていきましょうか」と助けてくれるんですよ。
斎藤 動物って生活改善するきっかけになるからね。これ以上やさぐれられない、きちんと生きなきゃっていう気持ちになれるよ。
伏見 さっき西野さんが言ったように、「先に死ねない」ということもあるからね。
斎藤 自分の世話がロクにできてなくても、忠太郎の世話だけはきちんとやらないといけないと思ってるから、そこをきちんとやると、自分のことも自然ときちんとしてくるのかもしれない。
伏見 確かに斎藤さんも僕と一緒でパチンコ依存症じゃないですか。放っておけば朝10時から夜の11時までパチンコ屋にずっといかねないでしょう。
斎藤 私は猫がいなかったら、まず家を買う発想がなかったと思う。居住に関してはその日、寝泊まりできればいいぐらいにしか思ってないから。そうなると泊まる場所として、宿としての意味も含めて、もっと男が必需品になってたんじゃないかな。きっと浮き草のような、寿命の短い生き方をしてたんじゃないかなと思う。
西野 僕も夜遊びとか外泊とか、しなくなっちゃったから。
斎藤 私もしなくなってる。
西野 昔だったらいくらでも男を連れ込んでたけど、最近は全然しなくなっちゃったし。
斎藤&伏見 (声をそろえて)え、連れ込むのもダメなの?
斎藤 考えることはノリちゃんと一緒なのね(笑)。
西野 デビに気をつかっちゃうから。部屋もすごく狭くて、猫がジッと睨んでるようなところで事をいたしていると、落ち着かないでしょ(笑)。
斎藤 たぶんメス猫だから「愛して」っていう気持ちがすごく強いと思うのね。だから西野さんが他の人を愛していると、すっごく寂しい気持ちになっちゃうと思う。
西野 最初は近寄って顔を突っ込んできたりしてるんだけど、そのうちに寂しそうに自分の陣地の物陰に隠れて、「しょうがないわ……」って、後ろ向きに寝るみたいな。そんなことをこれ見よがしにやるから、かわいそうになっちゃって。
佐藤 たまらなくなっちゃいますよね。
西野 だから家にわざわざ連れ込みたくもなくなってきたし、もちろん年のせいもあるからそういうチャンスもすごーく減ってますけども(笑)、おイタは減りました。
斎藤 なんとなくきちんと生きちゃうよね。
佐藤 それはありますよね。私も朝、代々木公園まで散歩に行ったりしますから。そうすると結果的に自分もちゃんとした生活になってきますね。
伏見 犬を飼うことで更年期障害を克服したゲイの人を知っています。西野さんは新しい恋の始まりはないんですか。
西野 もう全然……。それはもうほぼ無理なんじゃないかな。だけどごくまれに僕のことを気に入ってくれる人は、猫とも仲良くしようとしてくれますね。
伏見 でもさ、もし好きになった男が猫アレルギーだったらどうする?
西野 それだったら外で会うだけにする。同居っていう発想は、もう薄れてきてるし。できることなら猫と仲良くなって、デビのことも受け入れてくれるほうがいいけれど、そこまでは別に問わない。
伏見 佐藤さんは結婚されてて、このまま今の生活を継続されていくようですが、斎藤さんと西野さんは、将来的にもしパートナーが現れなくても「猫がいればまあいいや」という境地になってますか。
斎藤 西野さんがおっしゃったように、猫も含めてつきあってくれる相手であれば、生活はそんなに共有しなくても、お互いに通い婚のような感じで、ある程度の猫の許す空間の共有をして、猫を見送ったあとにお互いじいさん、ばあさんになって穏やかに、「じゃあ、一緒に暮らそうか」っていう風景があってもいいかなとは思ってる。
西野 うん、それはすごく理想的。
斎藤 そういう想像はつくんだけど、今、年老いた猫を押しやってまで「俺とつきあえ」みたいなことを言うところで、もう失格!
西野 うん、あり得ない。まずそこで失格。
伏見 猫アレルギーというか、猫が嫌いだっていう人のことを好きになる可能性はありますか。
西野 まずそこで点数は下がるよね。そんなに好きにならないと思うけど、「一発ヤりゃいいじゃん」っつうぐらい(笑)。いちいち点数つけてるわけじゃないけど、ちょっとテンションは下がるだろうな。「この人は猫や犬とか小さい動物は、あんまり好きじゃないんだー。はーん」みたいな。
伏見 そういう人は愛情が少なそうに見えるから?
西野 猫や小動物に対する愛情が少ないから、人間に対しても愛情が少ないとか、そういうふうにイコールでは全然考えてないけど、とにかく「小動物には興味のない人なのね。あ、そうなのね」っていう感じ(笑)。でもそんな人でもセックスが良かったら、「それだけでいいわ」みたいな割り切りはあるかもしれない。
斎藤 私も西野さんと全く同じ。私の場合、猫が嫌いな人っていうのが、まず周りにいない。っていうか、私がそんなに「猫が好きだー」って全面に出してるわけじゃないんだけど、嫌いっていう人にはあんまりめぐり会わないなあ。
西野 積極的に動物が嫌いだっていう人って、そうそういないかもね。
斎藤 突然動くものはダメだっていう編集者がいたの。「ああ、この人は生きづらい人生を生きてるのね」って思う距離だったし、それ以上その編集者とは距離が縮まらなかった。私は実はね、大型犬が苦手なんですよ。
佐藤 怖いですか?
斎藤 そうね、怖いっていうのもあるし、やたらなめまくるでしょう。
西野 斎藤さんは寄ってくるタイプが苦手なのよ。
斎藤 きっとダメなんだねー。
伏見 ペットの中でもオスの猫がいいんだよ。
斎藤 そうだね。ホント、私がしなだれかかりたいんだよね。しなだれかかられるのがダメなんだ。
伏見 佐藤さんは、鉄くんが勃起したオチンチンを押しつけてくるのをイヤがってると聞いたのですが。
佐藤 正確に言いますと、去勢はしてるんですよ。それですっごい食いしん坊で、ごはんの準備をしてると、ハッハッハッと言いながら待ってて、チンチンがピュッと出てるんです。
西野 ああ、先っちょが赤いやつね。
伏見 その赤いのが出てるっていうのは、勃起してるってことなの?
佐藤 そうなんですよ。「ただいまー」って帰った途端に寄ってくると、チンチン出てるんです。ああ、興奮して喜んでるんだなあっていう感じで、ちょっと戸惑いつつも、イヤじゃないですよ。
伏見 佐藤さんにとって鉄は子どもだけど、鉄にとって佐藤さんは性的対象なの?
佐藤 いや、違うと思いますよ。ただ単純に「ごはんが食べられる!」っていう興奮。
伏見 ごはん食べたいと勃つんだ(笑)。
斎藤 喜んでる時は犬って勃つし、それをすりつけてくるよね。
佐藤 鉄のチンチンは一瞬「え?」って思ったけど、なめられたりするのは全然平気だしうれしいですね。「こんなにベロベロしやがって」っていう感じ。チンチン問題はですね、夫婦間で子育ての主義主張が異なっている点なんです。沢辺はチンチンを出そうとするんです。「出してやるからな」って(笑)。
西野 男親が息子を割礼するみたい(笑)。
佐藤 私が「もうやめてよ! そんなことするの」と言うと、「おまえは性をきたならしいものだと思ってるんじゃないのか! ポット出版でいろんな本を出してるのに!」って怒るの(笑)。「人間が無理に手を出すことはないでしょう。そんな不自然極まりないことはするな!」と言うと、沢辺は「犬を家の中で飼うこと自体、もう不自然なんだ!」だって。
伏見 沢辺さんはチンチンを刺激して何をしようとしてるわけ?
佐藤 射精させたいんですよ。
伏見 え?
斎藤 喜ばせたいのよね。
伏見 でも去勢してるから出ないんでしょ。出るものなの?
佐藤 それ、私もわからないんですよ。去勢すると出ないのかな。
斎藤 タマがなければ出ないよ。
伏見 じゃあ、気持ちいいだけなのかなあ。
佐藤 でも白い液体が出てる時があるんですよ。
斎藤 タマは取ったんですよね?
佐藤 うん。
斎藤 うちの忠太郎もタマを取ったからペッタンコ。袋はあるけど、つまんでも何もないよ。中は空っぽ。お見せしましょうか?(股間撮影)自慢の大きなフグリだったんですよねー。
佐藤 鉄はふくらんでるような気がするなあ。
斎藤 タマ、取ってないんじゃないの?
佐藤 じゃあ、精子は出るのかな?
斎藤 でも精液が出たら精子は入ってるからね。
佐藤 ちょっと家に帰って調べておきます(笑)。そこが今、夫婦の子育ての方向性の違いなんです。
伏見 なんだか性教育をいつからするかでもめてる感じ(笑)。
佐藤 ホントだね(笑)。
伏見 でもいいよね。そうやって討論するテーマが提供されて。
斎藤 だって彼にとってもそれは愛情だからね。
佐藤 そう、ただ単に息子を喜ばせたいんですよね。
伏見 佐藤さんは鉄がきたことによって、もう人間の子どもが欲しいとは思わなくなったんですか。
佐藤 いや、欲しいですね。行動には出ないかもしれないけど、鉄を飼ってから逆に「あ、私でも子どもを育てられるかもしれないなあ」と思ったんですよ。生活だってある程度変えられるんだなという自信にもつながったので、子どもだって育てられるかもしれないなあって。でもきっと子どものほうがしゃべったりする分、イヤなことも多いだろうし、醍醐味も大きいんだろうなあと思いますね。

邪魔な
存在がいる
おかげで
狂わない

伏見 西野さんは猫ちゃんが死んじゃったあと、ペットロスにはもちろんなるだろうけど、もしその時に男がいなかったら、自分の人生が寂しいというふうには感じない?
西野 きっと寂しいでしょうね。人生の展望も特にないし。
斎藤 でもさ、心の構えなんてできないよね。想像がつかないんだもん。忠太郎がいて当たり前の生活だからさ。
西野 うん、とても想像なんてできない。最近、例えば『ブロークバック・マウンテン』でも、フランソワ・オゾン監督の『ぼくを葬る』でも、どんな映画を見てもそうなんだけど、老いていくゲイ、死んでいくゲイっていうところにワーッと感情が入っちゃって、そういうところに興味がいってるなあと思う。だから『ブロークバック・マウンテン』も、最後に一人残った彼に対して、僕は自分を重ねちゃう部分があった。人によって解釈は違うだろうけど、「ああ、もう一人なんだな」っていう……。『ぼくを葬る』は、基本的には子どもを作れないゲイがこの世に何を残せるか、なんかが問題なのでは全然なくて、子どもだった時の僕を許そう、ずっと子どもでいいんだよというようなことを言ってくれた映画なんじゃないかなあ。
斎藤 両方の映画とも、強烈な孤独だよね。
西野 そう。ついそういうことにばかり目がいってしまう。将来に展望があるわけでもなくて、リアルな老いに直面して、孤独なんだろうなあとは思うんだけど、とりあえず今は猫が先に死ぬ時のペットロスの悲しさのほうが、リアルな恐れとしてあるんだ。自分の死はそこからまだ向こうのことだから、ちょっと判断停止しているところがあるみたい。猫が死んで、母親が死んで、自分の死はその先かなあみたいな感じ。
伏見 西野さんはこれから先、猫が死んだあと一人になったとしても、それは不幸なことなのかな。
西野 さあ。何が幸せなのか、僕はよくわからないなあ。まあ、少なくともお友達は大切、元カレは大切という話は、最近よく聞きますよ。一緒に暮らすパートナーがいなくて、親しい友達もいなかった場合、つきあったことのある元カレというのは、お互いにみっともないところも知っているから、別れてブッツリと縁を切るのではなくて、お互いある程度年を取ってから、「あんなこともあったよね」と昔話もできるだろうし、ちょっとした世話をしあうことだってできるだろうし、そういう関係として大切にしておいたほうがいいんじゃないかなと。一人だから不幸せだとは言えないと思うし、そこはよくわからないな。
斎藤 映画を見ていると9・11以降、ファミリーというものがテーマとしてクローズアップされて描かれていると思うの。家族を持って家庭で生きるか、家があってもファミリーレスみたいな、家族じゃない状態の一人で生きるっていうことにどう耐えられるか、どうしのいでいくかみたいな。妹たちを見ていても、子どもがいて亭主がいてみたいな、その日常にはケンカがあったり、ものすごくイヤな出来事があったりしても、子育てをしていると考える暇もないくらい、やらなきゃいけないことが山のようにあるわけ。だけど一人だとそうじゃなくて、自分だけじゃない。だから忠太郎を連れて病院に通うなんていうことは、私にとってみたら「ここ一番!」みたいに、ものすごい情熱傾けられることなの。もちろん病気なんかになってもらいたくないよ。だけど私だからできるんだという感じで情熱が傾けられることなんだよね。
伏見 佐藤さんは夫がいて鉄くんがいるから、一人で生きていくということはあんまり考えないですか。
佐藤 いや、考えないことはないですね。子どももいなくて夫婦二人だし、夫も別にごはんを作ってとか、掃除をしてという欲求が全くない人だから、全然手間がかからなくて、私は私のことだけやっていれば日常は過ぎていくんですよ。でも、自分のこと以外に手間がかかる存在っていうのがいたほうが、人間はなんだか狂わなくてすむんじゃないかなって思うところがあって、自分のことだけだとつらいことがあっても、そのことだけを考えていられるから、どんどん視野も狭くなっちゃうでしょう。そうじゃなくて邪魔してくれる存在というのがあると、すごくいいなあと思っている。夫は私にとって邪魔する存在ではないからね。鉄は一人で散歩にも行けないし、ごはんも食べられないから世話を焼ける。西野さんも斎藤さんも、手間をかけられる相手がいるのが、やっぱりいいなあと思ってるんじゃないですか。
西野 面倒くさいことが救いになってますよね。
斎藤 たぶんその面倒くささは贅沢なんだと思うよ。子育ては地域社会とか、ものすごくしがらみができちゃって、子どもが人質みたいな感じで、メンタルなところもどんどんしばられていっちゃうからね。
西野 社会的に「しなきゃダメだろう」みたいな監視の目がいっぱいあるから。
斎藤 だけどペットだとその縛りはかからないじゃない。だから世話をしてるにしても、たぶん子育てしてる人たちから見たら「贅沢よ」っていうレベルのことだとは思う。だけど、いいじゃん(笑)。どこが悪いのよ、みたいな感じではあるんだけどね。
西野 最後は理屈じゃなくなるのよね(笑)。
佐藤 この年になると死んじゃう人が周りにもいるし、一人になる危険性をちょっと感じたりするので、やっぱり一人でいるより私を邪魔する存在がいたほうがいいと思うので、夫と別れても鉄は連れて出ます、という道を選ぶんじゃないかな(笑)。
伏見 確かに一人だけだと、食いぶちを稼ぐこと以外やることも実は人生にはそんなになくて。そうすると快楽に行くでしょう。年を取ってそっちに行くと、健康にも良くない。パチンコだと経済的にも痛いし(笑)、セックスも病気とかいろんな問題がある。自分以外の邪魔する存在というのは、やっぱりあったほうがいいかもしれないね。
斎藤 忠ちゃんは4キロほどの猫ですが、メンタルな面では相当支えられていると思う。彼がいるから真剣に自分のことも世話をしようという感じ。自分のことでも真剣にはなるし、追いつめられたらケンカもするけど、「どうでもいいじゃん、そんなこと」とかね、すぐに投げやすいところがあるからね。自分に対して最悪なことをしかねない年頃の時があったからさ。忠太郎と出会ったのは30歳を過ぎてからで、その頃はだいぶつきあった男の種類は変わって、穏やかな男とつきあうようにはなってたけど、それでもやっぱり男とのつきあいでは破綻を繰り返してたから。たぶん忠太郎がいたから、今はこれだけ真っ当に人間らしく生きてるんだと思う。
西野 そうだ、斎藤さんはヴァイオレンスな人だったんだよね。
伏見 ええ、すごく(笑)。
斎藤 でもさ、年間3万人以上の自殺者がいるってことは異常でしょう。家族がいても自ら死ぬ人がいるってことは、家族がいることが自分の命を引き止める何の根拠にもならないっていうことじゃない。
伏見 僕の周りを見ているとみんな簡単に狂っちゃう気がするのね。どういうふうに狂わずに、サバイバルしていけるのか、僕が最近よく考えてることなんだよね。だから明るい展望とか全然ないんだけど、どうやって生き残りましょうかという気持ちがいま強いかもしれない。
斎藤 みんな穏やかに生き残りたいじゃない。
西野 斎藤さんはだんだん穏やかになってきてるんでしょ(笑)。
斎藤 そうそう、穏やかになってはきてるんだけどね。穏やかにゆっくり狂うなら、まぁいいかっ
(了)