2007-10-13

QJr 座談「良いハッテン 悪いハッテン」前編

hatten.jpg良いハッテン
悪いハッテン

*初出/「クィア・ジャパン・リターンズ」vol.2(2006)

インタビュー●伏見憲明
構成●茶屋ひろし

この大性感染症時代、ゲイたちはいかにしてハッテンを遂行していったらよいのか。
理想のハッテン場とはどのようなものか。ハッテンのプロ(+素人)のみなさんに
お集まりいただいて、ハッテンについて改めて考えてみた。

 

● ゆうじ
30代半ば。好きなタイプは短髪ひげがっちり系。タチ寄りのリバ。ハッテン歴は15年で、野外ハッテン場からビデボ(ビデオボックス)、ヤリ部屋、サウナまであらゆるハッテン場を渡り歩いてきたハッテンのエキスパート。さんざんヤリまくった果てに、最近ハマっているのが全裸系飲み屋。

● トム
37歳。好きなタイプは猿顔で筋肉質なノリのいい奴。ハッテン場歴:約10年。ハッテン場デビューは淫乱サウナ。初期のころはビデボに通っていた時期もあるが、 その後はもっぱら全裸系のヤリ部屋専門。

● 太郎
34歳。好みのタイプは明るくて安心できる人。新宿二丁目のビデボでハッテンバデビュー。20代の頃、ビデオボックス・サウナ合わせて20〜30回くらいは行ったはずだが、最近はすっかりご無沙汰。

ハッテン場は
幻想的?

伏見 ここは都内某ハッテン場の個室です。臨場感を出すために本日は出席者の人にガウン姿で(笑)お集まりいただきました。これからライブ座談会、「良いハッテン、悪いハッテン」を始めたいと思います。HIVの感染が拡大し性感染症が蔓延している時代に、ハッテンライフをどうやって遂行していくのか、ということをテーマに持ちながら進めていきます。まずは、それぞれの方のハッテン場デビューについておうかがいしていきたいのですが。ゆうじさんは?
ゆうじ 15年くらい前ですが、そこは関西のサウナでした。友達と行ってみたのが最初です。入館して、「とりあえずどうする?」とかいいながら、それぞれに分かれて探検し始めたんですね。そしたらいきなり腕をつかまれて押し倒されたんですよ。相手はガラの悪い兄ちゃんで、すごく怖くて、これはレイプなの? とか思いつつも下のほうは微妙に上がっちゃたりして(笑)。しばらくなすがままにされていたんですが、やっぱり怖かったので、「ごめんなさい、人が待ってるんで」と言って帰ってしまいました。
伏見 ぼくのデビューは四半世紀も前の話だけど、初めてミックスルームを見たときは、ひどく衝撃を受けた。「こんなの人間がやることじゃない!」って。乙女だったのでしばしトラウマになりました(笑)。ゆうじさんはその亀田三兄弟?にレイプされかけたときの印象というのは。
ゆうじ 自分はミックスルームが真っ暗で怖かったので入らずに、通路で様子を窺っていたら、いきなりつかまえられて押し倒されたんです。だから中がどうなっているかよくわからなかったので、そのときの感想はないですね。それから3年くらいして東京に就職して、初めて大久保の某ヤリ部屋に行ったときに、みんなが全裸で徘徊していて、薄暗いところでやったりしていることを見た時はすごく興奮しましたね。
伏見 それって90年代の半ば?
ゆうじ 95年くらいかな。自分の場合、いままで体験したことのない非日常的な世界があるんだ、くらいで。
伏見 そっか……(笑)。じゃあ、トムさん。
トム たしかハッテン場デビューは池袋のサウナだったと思います。いまではすっかりエロエロなぼくも当時はまだウブで、新宿のハッテン場はゲイの中心街だから敷居が高くて、外れたところから行ってみようと。で、おそるおそる行ってみたんですが、勝手がわからないし、緊張しながらロッカーで服を脱ぎ、ドキドキしながら風呂を浴びて、ミックスルームを見てまわって……。そうやってビクビクしながらも、伏見さんみたいにネガティブな印象は持たなかったですね。どうしたらいいか立ち居振る舞いがよくわからないから、とにかく人が群がっているところに行って、そばに座っていたんですよ。そしたら暗闇から手が伸びてきて。そのときはセックスの快楽というものをまだ知らなかったから、とくに感じるわけでもなくなされるがままにしていたら、向こうが諦めて去って行きました。いまから考えたら完全なマグロ(笑)。90年代半ばくらいのことです。
伏見 その頃トムさんはホモフォビックな感じがあったんですか。
トム いや、ホモフォビアはすっかり解消されていたんですが、ただセックスに関しては初心者というか、その前に文通欄で出会った人と1、2回やったくらいしか経験がなくて、だからいまの感覚とは全然違う感じでした。そのときはただどうしたらいいのかわからない、海のものとも山のものとも、という感じでした。
伏見 太郎さんは?
太郎 やはり15年くらい前ですが、大学の友達と、ビデオボックスに行ったのが最初です。でも初めてセックスをしたのはその後なので、ビデオボックスでは何もしないまま帰ったんだと思う。そのときは、個室に入っていると、壁の穴からチンコだけがニューッと出てきて、「これだけ出されてもねえ」って思いました(笑)。チンコだけを独立して愛でる、という回路が、ぼくの中にはないみたいです。
伏見 いわゆるサウナ系に初めて行った時は、どうだった?
太郎 すでにゲイ雑誌などで、そこがどんなところか、何となく知ってはいたのですが、ミックスルームを初めて見たときは、さすがに怖いと思いました。モワッとしたにおいと、あえぎ声と、人々がうごめくさまが相まって、これはちょっと、って。そのときも確か、何もせずに帰ったんですが、でも数日経つと、ミックスルームの光景が、なんだか素敵なものに思えてきたんです。サウナ系だけに、記憶のすべてに靄がかかっていて(笑)、まるで夢のようだなあ、もう一度見たいなあって。その後数年間のうちに、何回かサウナ系ハッテン場には行ったのですが、「性欲処理のため」と言うより、「あの幻想的な光景をもう一度見たい」という欲求の方が強かったような気がします(笑)。
伏見 その幻想は(笑)、今も持ち続けているの?
太郎 いや、最近では、あそこには、生きていない人もいるような気がしてきて、憧れよりも恐怖感のほうが強くなってきました(笑)。さっきここで、久しぶりにミックスルームに足を踏み入れてみたのですが、やっぱりちょっと怖かった。
伏見 たしかに人ではない何かもいるような気がするよね(笑)。うぶだったぼくが驚いたのは、行為の当事者じゃない人に見られるところだった。犬猫だって隠れてやるだろうに!みたいな。まあ、慣れれば見られながらやるのもアガるわけですが(笑)。そこに飛躍というか大きな段差があったんだけど、みなさんは初めてハッテン場でやったとき、そういうものはなかった?
太郎 他人からセックスを見られることには、あまり抵抗がありませんでした。セックスの相手に、素っ裸で行為をしている自分を見られているんだから、後は一人に見られようと二人に見られようと同じだし、他の人が来たら、それはそれでウェルカーム!みたいな(笑)。その分、他人に見られて興奮する、という感じも、あまりないんですが。
ゆうじ 最初の頃は、例えば通路ですれ違いざまにコンタクトをしてという場合でも、かならず個室に入ってやっていたんですよ。だから他人から見られるとか邪魔をされるというのはそんなにはなかった。でもだんだん慣れてくると、大部屋でやるようになって、四方八方から手が伸びてくる乱交状態みたいなこともありかな、みたいな。

集団オス汁
発射集会!

トム ぼくは最初は抵抗があったなあ。サウナのミックスルームで懸命に布団かぶって二人だけの空間をつくってやったりして。個室のあるヤリ部屋に行くようになってからは、いろんなオトコを個室に連れ込んで、誰にも邪魔されない空間で思うぞんぶんやりまくりました。汗だくになってアヘアヘやっているうちに、気がついたらすっかりエロエロな身体になってました(笑)。で、そうやってエロ経験を積み重ねていくと、こんどは明るいところで見せつけあいながらやるのも、また違った興奮があっていいかもなあとか思ったり……。
ゆうじ 明るいところで見られながら、というのはわかります。ほとんどのヤリ部屋って暗いじゃないですか。そこでの乱交状態も一時期は楽しんでいたんですけど、そのうちいま自分は誰とやってるんだろう? みたいな、顔も見えないチンコだけみたいな人とやっている状態に燃えなくなってきた。自分、わりと相手を選ぶタイプなんですね。だから、イケてない人が混ざってくるとか、誰とやってるのかわからない状態が苦手になってきて、最近はネットで話題になっている、見せあい、しごきあい系のハッテン場というのにハマってます(笑)。そこ、すごく明るいんですよ。みんな堂々と見せつけあいながらやっている。
トム ぼくもそこ、一時期ハマった! 自分のエロファンタジーを満たしてくれる野郎たちの中で、くんずほぐれつ見せつけあいながらノリノリでやれる瞬間って、チョー幸せ! でも、自分のエロファンタジーを満たしてくれる野郎ばかりのシチュエーションってなかなかないし、邪魔してくる輩も必ずいるからそこが難しいところで、緊急避難的な個室は露出系のところでも必要だったりする。
伏見 でも照明が暗いのは、エロティックな演出の意味だけじゃなくて、比較的狭いコミュニティだから知り合いに見られないために、とかそういう意味もあると思うんだけど。明るいところでとんでもない行為を友達に見られたら…!っていう羞恥心はお二人にはもうカケラもない?(笑)
ゆうじ カケラはあって(笑)、新宿エリアだとやばいなというのがあるので、自分は違うエリアに行っていますね。
トム ぼくはゆうじさんや太郎さんみたいに面が割れていないから(笑)、そこまで心配はしていませんが、たまに知り合いに会ったりするとノリがいっきにトーンダウンしちゃいますね。やはりハッテン場の匿名性がエロファンタジーを膨らませてくれているところってあるわけで。
伏見 明るいハッテン場は、行為としては「しごきあい」が主なんですか。
ゆうじ 明るいところはだいたいケツ掘りのないところが多い。
トム まあ見せ合いという状態に興奮する人が集まってくるから、ズリあい・しごきあいがメインになるのかもしれない。「定期イベント」とかもありますよね。一つの部屋に集合して、最初は暗くして輪になって隣の人のマラをさわり始めて、盛り上がってきたらだんだん照明を明るくしていって、最後はオラノリで見せつけあいながらくんずほぐれつの乱交状態……。
ゆうじ 「集団オス汁発射集会」。真ん中に一人ぶっかけられ役の人がいて、みんなで輪になって取り囲んで、「オー、いくぞー!」みたいな。
伏見 その真ん中に入る人はどうやってセレクトされるの?
ゆうじ それは志願するんですよ。そこのお店のマスターが「今日は誰がぶっかけられるんだー」とかいって、じゃあ自分が、と真ん中へ……。
伏見 なんかニューエイジの研修会みたい。アメリカ西海岸のにおいがする(笑)。ところで太郎さんは?
太郎 明るいところに行ったことはぜんぜんないですね。暗いところで人に見られるのは、さっきも言ったとおり、平気なんですが、明るいところで見られたり、知り合いに見られたりするのは抵抗があるかも。
ゆうじ そういえば太郎さん、暗いところでチンコしゃぶってるときに友達に出くわしてそのまま、「おはよう!」っていったんでしょ?
太郎 そんなの、作り話に決まってんじゃん!(笑)。見られたのは確かだし、しゃぶりながら、あ、いる、とは思ったけど、そのまま「おはよう!」とか言うもんか。
ゆうじ 周りがみんな知らない人で自分のイケてる人ばかりで、全員エロモードに入っていて挑発されたりしたら、いいかな、とか思わない?
太郎 うん、それだったらいいねー(笑)。だけどぼくの場合、相手も自分をイケてる、という確信が持てないと、ダメかも。「こんなブスが混じっていてごめんなさい」と、申し訳ない気持ちになってしまうので。
トム 明るいハッテン場で露出をコンセプトに掲げてやっているところでも、好みじゃない人は少なからず入ってくるし邪魔をされたりするから、なかなか自分のエロファンタジーを満たす人たちだけのハーレム状態というのはないよね。だからけっきょくは個室で気に入ったもの同士でやるっていうことになりがちだったりで。そういえば一度、気に入った者同士三人で明るい個室で見せつけあいながらやったことがあって、そのときはかなり興奮した(笑)。
太郎 そういうとき行為としてはしごくのみ?
トム 基本的にそうですね。
太郎 お互い3Pにはならないの?
トム 3本のマラを互いに握りあったり、しごきあったり、乳首を舐めあうような3Pにはなりましたよ。ぼくは基本的にケツはやらない人間だから、ケツの掘りあいにはならなかっただけで。最近はケツ堀りをメインにした明るいハッテン場も出来ているようですね。
太郎 明るいところでやれるようになった瞬間はいつだったんですか。
ゆうじ 慣れじゃないですかね。場数を踏むと多少のことには動じなくなるので。
太郎 最初そのニューエイジなところへ行ったときは抵抗もなく?
ゆうじ どうなっているんだろうとかやれるんだろうか、っていうドキドキ感はありましたけど、その場にいる全員がさらけだしていて、ヤリヤリモードに入っているので、逆にそこで隠したりしてしまうと、そのほうが恥ずかしいというか。

粛々とエロ
そのものを
堪能

伏見 ぼくは『プライベート・ゲイライフ』(1991)のときにハッテン場について書いていて、それがたぶんハッテン場について一般向けに書かれた日本で最初のエッセイなのね。当時、みんなハッテン場に行くことをどこか暗く捉えていたから、陽にあててもっと肯定的なものとして捉えなおそうという「虫干し」のコンセプトがあった。90年代の頭くらいの感覚なんだけど。ぼく自身、ハッテン場に対してネガティブな見方から始まって、でもだんだんそれって面白いゲイの発明だなと思うようになっていった。みなさんにとってハッテン場というのは個人的にはどんなものなんでしょうか。
ゆうじ なくてはならないものだと思います。なくなったら抗議する(笑)。
太郎 ぼくは数年前までは時々行っていましたが、最近は全然行かなくなりました。ハッテン場に行くより、家でゆっくり眠りたい、と思ってしまって。性欲や好奇心より、睡眠欲求の方が勝ってしまうんです。これからもそれは変わらないかなあ。
伏見 ハッテン場が自分の生活の中で必要じゃない?
太郎 そうですね。あとぼくは、相手に関するある程度の情報や、恋愛感情みたいなものがないと、セックスをしても興奮しきれないんですよ。相手はどういう人で、自分はその人のことをどんな風に好きで、という情報があって、やっと心も身体も燃え上がる、みたいな。動物になりきれないんです(笑)。ハッテン場で、知らない人とセックスする時って、この人は前の人とやった後、ちゃんとシャワーを浴びただろうか、とか、どこまでの行為を望んでいるんだろう、とか、そういったことも気になってしまうし。結局、ハッテン場向きの性格じゃないんでしょうね。昔はハッテン場に、恋愛につながる出会いがあるかもという思いがあって、それを楽しみに行くところもあったんだけど、最近はそういう期待もしなくなってしまいました。
伏見 ゆうじさんに恋人はいるの?
ゆうじ 恋人というか、家族的なパートナーはいます。それに彼とはハッテン場で出会ったから、というのもありまして、お互いハッテン場に行くことはオッケーになっているんです。パートナーとのセックスは回数も減るしやることも同じだし、それだけであと何十年も満足出来るかといったら、それははっきり無理。我慢することでストレスを溜めて付き合いに悪影響を及ぼすという経験をしたことがあるので、だったらハッテン場でスッキリしてパートナーとうまくやっていきたいと思う。だから絶対外にそういう場所があったほうが嬉しいですね。
伏見 お互いにパートナーとの関係とセックスは別?
ゆうじ 別ですね、割り切っているというか。
トム ぼくもハッテン場でやるセックスというのは純粋にエロを楽しむためにやっているので、そのことと恋愛感情やパートナーシップ感情というのは別ですね。いま付き合っている人がいて、彼が性的な排他性を求める人なのでハッテン場からはしばらくご無沙汰してますが、よく行っていたときも恋人につながるような出会いを期待して行くことはなかったですね。あくまでヤリたいから行く、ってだけで。まあ結果としてお付き合いすることになったり、10年来の友達ができたりっていうことはありましたけど。太郎さんのように、恋愛感情的なところで盛り上がっていくのではなくて、むしろそういったものが一切ない方が純粋にエロを堪能できたりする。それをぼくは「ピュア・エロ」っていってるんですけど、「恋愛のため」とか「付き合うため」とか「○○のため」にやるセックスではなく、とにかく粛々とエロそのものをピュアに堪能するセックス。それを追求する場がぼくにとってのハッテン場かな。ぼくは恋愛感情が入らない方がエロは燃えますね。恋愛感情のある人とだと、むしろ抱き合っているだけの方が心地いいです。たとえばいまのカレシとハッテン場でやるようなノリノリのセックスをやろうとしたら、逆に萎えちゃいますね。
伏見 だとすると、ノリノリのセックスというのは愛がない物語なの?
トム 愛? そりゃあ、いわゆる「ロマンティック・ラブ」とは無縁のセックスですよ。でも、気遣いと心意気があります。お互いに気持ちよくエロを楽しむための。「いっしょに気持ちいいことしようぜ!」的な。
ゆうじ 相手を知らないほうが欲情できるということはありますよね。最初に喋ってしまったり友達だったりすると、欲情しなかったりするじゃないですか。それは相手がオネエだとか(笑)、その人のことをわかっている部分があるので燃えないんだと思う。でも、初めて出会った見た目がイケてる人だと、そういうところを捨象してただの欲情対象としてサカれる。
伏見 それはお互いに錯覚し合っているからマイナスポイントが少ないということだよね。
ゆうじ そうですね、幻想ですね。
太郎 ぼくとはたぶん、精神構造が違うんだ(笑)。
伏見 じゃあ逆にいうと、幻想として戯れたあとで相手のリアルな姿を知ってしまうこともあるわけじゃない? そのときはどういう捉え方をするの?
ゆうじ それはしょうがないかな。幻想を消費しあえばいいと思うし、そのあとで友達になるとか、オネエでくっちゃべったりすることは全然平気。
トム ぼくもまったく同感ですね。ゆうじさんとぼくは似てるかも(笑)。
伏見 ハッテン場でカレシやパートナーを見つけたいという人たちも少なからずいると思うんだけど、そういう場ではないのかな。
ゆうじ ハッテン場の個室でやった後になんとなくしゃべっていて、いいなと思ったらメールアドレスを交換して付き合い始めるというパターンも結構あったんですよ。だからそういう場所だと思っているところもありますね。
トム ぼくは最初からカレシを見つけるためにハッテン場に行くことはありませんが、結果としてなんらかのつながりができるということはありましたね。いま付き合っている彼は、実はハッテン場で出会ったんですよ。そのときのセックスは、やはりエロ幻想を消費しあってノリノリでやる、みたいな感じだったんです。で、いつもはそこで終わるんですけど、たまたまそのとき話をしていたらお互いに同じ趣味を持っていることがわかって、彼が、ぼくが参加しているその趣味のサークルに行きたいという話になって、アドレスを交換したんですね。それで連絡が来て、そのサークル活動を通して彼の人柄を知っていくうちに心動かされて付き合うことになった、という経緯だったんです。だから彼とは2度出会っている。その趣味のサークルで出会いなおしたという感じです。
伏見 ハッテン場でセックスから始まって、友達や恋人にいく人といかない人がいるでしょう。そこの違いはどの辺にあるの?
ゆうじ それは自分が話しかけても喋りたがらない人や、付き合っている人がいるのでここだけで、みたいな人の場合ですよね。むしろそっちのほうが多い。
トム そうですね。再度会って話したりする人は少ないですね。でもセックスって、人柄が出るんですよね。相手もいっしょに気持ちよくなるようにっていう慮りとか、コミュニケーションのとり方とか、その人の思いやりのようなものが体温を通じて伝わってくる。だから、どんな人かゆっくりお話してみたいなあっていう関心が湧いてくることも稀にあって、「じゃあちょっとお茶でもしていこうか」みたいな流れになることもあります。ただ、そのときもぼくの場合は、「あわよくばこの人と付き合えたら」っていうような期待感はほとんどないんです。でも、これもなにかのご縁だなって思いは強くあって。だってハッテン場での出会いって、そこで連絡先を交換しなかったらもう二度と会えない場合も多いわけだから。
伏見 太郎さんはそういうことはあった?
太郎 ありました(笑)。でもひと月くらい付き合ってあとは自然消滅。連絡先もわからない感じで、まあ、それをあったといっていいのかわからないですけど。そこで出会って無二の親友になった、という経験はないですね。
伏見 ハッテン場の客筋ってゲイ全体の中でどういう傾向なんだろう。
ゆうじ だいたいの人は行ってるんじゃないですかね。クラブ系、飲み屋系……様々な人と遭遇したことがあるので、逆にハッテン場に行かない人が珍しい、と思います。この人特殊だな、って思いますね。
トム ぼくはハッテン場に行かない人が珍しいとは思わないんですけど、たしかにクラブ系や飲み屋系、あるいはそういうところには行かないけどジムには行ってますっていう人など、だいたい網羅していて守備範囲が広いという感じはしますね。ひと昔前だと、ゲイシーンにはまったく出ず、ゲイとしてのアイデンティティも持たないんだけど性欲のハケ口として行く、あるいはホモフォビアを抱えながらも行く、っていう人もいましたよね。いまもそういう人、けっこう出入りしているのかな。いずれにしても、ひと昔前の俗な偏見にあったような、ハッテン場に行く人はこういう人だというくくり方は出来ない感じはしますよね。(続く)