2005-09-06

ヒトラー〜最期の12日間〜

人間的な面を持っていたからこそ
余計に恐ろしい…。
ヒトラー〜最期の12日間〜

1945年4月、ベルリンのドイツ首相官邸。じわじわと迫りくるソ連軍の攻撃によって、ベルリンは収拾のつかない修羅場に陥って行く。ヒトラーは、首相官邸の地下要塞に側近と愛人のエヴァ、秘書らと引きこもり、前線の部隊に檄を飛ばすが、状況はますます悪くなるばかり…。すでにベルリンを逃げ出す兵士がいたり、市街戦では愛国心に燃える子どもが満足に武器のない中で戦い、病院には負傷兵が次々と運び込まれ、医師が血まみれになって負傷兵の手足を切り落としている。
この映画は、ヒトラーの最期の12日間を克明に描き出すと同時に、彼が引きこもった地下の上では、どのような修羅場が繰り広げられていたのかを詳細に描き出して見せるのだ。

ヒトラーが指示したユダヤ人への組織的殺害(ホロコースト)。これによって、600万人ものユダヤ人が殺害されたという。30年近く前だったか、その名も『ホロコースト』というタイトルのテレビドラマを見て、その事実を知ったとき、すごい衝撃を受けた。若き日のメリル・ストリープが出演していたことぐらいしか記憶にないが、ホロコーストという言葉と、ヒトラーのことは、深く記憶に残った。
その後も、幾多のドラマ、映画でヒトラーの悪魔的所業を垣間みたが、なぜ、それほどの大量殺人が国家的に行えたのか、については深く考えたことがなかった。なぜなら、それは単にヒトラーという個人の問題だと思っていたからだ。ヒトラーという類いまれなるカリスマ性をもった、およそ人間とはかけ離れた悪魔的人間によって行われた犯罪であるから、自分の身近に起こりうる次元の話とは到底考えられなかったからだ。

しかし、この映画を見て、悪魔的人間が必ずしも悪魔的日常を送っているわけではない、ということを今更ながら思った。
この映画について、ヒトラーの人間的側面を描きすぎている、国家的犯罪を描かずに、ヒトラーおよび彼の親衛隊たちを美化して描いているという批判もあるようだ。でも、私はそうは思わなかった。
あれほどの殺人を行った悪魔的人間が、愛人や秘書、側近の前では、普通の人とさほど変わらないということ、いやそれ以上に、ちょっとした気配りや優しい言葉をかけてくれる、見方を変えれば愛すべき人間だったという、その恐ろしさに愕然としたのだ。
心の中の悪意を巧妙に隠し、柔らかい物腰で近づいてくる人に、私自身はころっとだまされてしまいそうである。 例えば、身近にいる人間がとても愛すべき人間であるとしよう。でも、本当はその裏に、恐るべき思想を持ち、悪魔のような所業を行っていたとしたら…、それを自分は見抜き、告発することができるのだろうか?
ヒトラーの人間的側面を見せつけられたことで、遠い世界のことだったあの時代が、一挙に自分の生きる今の世界と地続きでつながっているのだと、感じられたのだ。

それは、この映画がヒトラーの秘書を務めていたユンゲという女性の内省的手記に触発されて作られたことに一因していると思う。1942年から45年まで、ヒトラーの秘書として働いていたトラウデル・ユンゲは、ヒトラーのすぐそばで、第三帝国が崩壊していく一部始終を目撃した。2002年に手記「私はヒトラーの秘書だった」を発表しているのだが、戦後すぐに書かれたこの手記が日の目を見るのに、実に50年もの時が必要だったことになる。
手記と一緒にユンゲのインタビュー映画『死角にてーヒトラーの秘書』(アンドレ・ヘラー&オトマー・シュミーダー監督)が公開されていて、多分、この映像を引用しているのだと思うのだが、『ヒトラー〜最期の12日間〜』の冒頭と最後に、ユンゲ自身の独白が挿入されている。
その中で彼女は、「ヒトラーの秘書だった当時、ユダヤ人の大量虐殺は知らなかったし、自分はまだ若かった。でも、今は若かったことが知らなかったことの言い訳にはならないと思っている。当時、私と同じくらいの年で、ゾフィー・ショルという女性がヒトラーに異を唱え、処刑されているということを後に知った。目をきちんと見開いていれば、わかったはずなのだ」というような告白をしている。この言葉は、映画が終わった後、いつまでも心に残る。
目をきちんと見開いていないと、自分の知らないうちに悪事に加担してしまうこともあるかもしれない。話が飛びすぎるかもしれないが、今度の選挙戦、メディアや世論に流されずに自分の目を見開いて一票を投じないとなぁ、と思ってしまったのだった。

ちなみに、ゾフィー・ショルについては、映画が撮られているようある。青木淑子さんが、2005年のベルリン映画祭現地レポートで映画『Sohie Scholl-Die letzte Tage』のことを書いている。日本でもぜひ公開してほしいが、どうだろうか?