2006-08-09

「OYABAN」Tシャツ・当選者発表

「OYABAN 1」のプレゼント、Tシャツの当選者発表です。

長崎県・NMさん
京都府・HHさん

発送は、Tシャツ完成がおくれていて、8月末になってしまいます。
大変申し訳ありません。
今しばらくおまちください。

2006-08-09 13:54 [沢辺 均]

2006-08-03

「生き残るためのペット」

 先日、動物病院に行ったときのこと。
 品のいい、そして質素なたたずまいのおばあさんが、待ち合いに座っていました。そこに獣医さんが猫を入れたケージを抱えてきて「はい、どうぞ。背中に栄養剤をいれてますから、これで少しは元気になると思います……」などといった説明をしながら、猫ちゃんを引き渡していました。
おばあさんは「ありがとうございます」と丁寧なお礼をいい、先生が立ち去った後、かごの中の猫に、ほんとにうれしそうに「よかったねえ」と小さな声でささやいていました。猫は、おばあさんの飼い猫とは思えないくらいのものすごいだみ声でしたが、やはりうれしいのか「ニャーゴニャーゴ」と何度も鳴いていました。その姿を見ながら「ああ、この人にとっての猫も、生き残るためのペットかもしれないなあ」としみじみ思いました。
 そして、おばあさんは、おそらく年金生活者です。さほど裕福というわけではなさそうで、子どもの教育費にだけはじゅうぶんなお金を使い、夫の死後(私の妄想では、夫は死んだことになっている)、郵貯に貯めた夫の退職金とわずかな年金でささやかに暮らしているこの人は、このだみ声の猫ちゃんにいったいいくらの治療費を支払うのだろう? それが無性に気になって、支払いのときに立ち会いたいくらいでしたが、次に私の名前が呼ばれたので、おばあさんがいったいいくらの治療費を支払ったのか、わからずじまいでした。

 今回、QJr2では、作家の斎藤綾子さん、作家の西野浩司さん、そして我がポットの佐藤女史が参加して「我が家のペット自慢」、いや違った、「ペットで人生を豊かにしている人たちにペットとの暮らし、ペットと一緒に暮らす理由などなど」を語ってもらいました。
ここでは、ほんのさわりだけご紹介しましょう。斎藤綾子さんは、つきあっていた男に「俺と猫とどっちを選ぶんだ」と聞かれて、「忠太郎(斎藤さんの猫の名前)に決まってるでしょ」と答え、男に捨てられたそうです。
 西野さんは、「デビちゃん(西野さんの猫の名前)に気をつかっちゃうから、そうそう男を連れ込めない」と言います。なんでも、男を連れていってしばらく立つと、これ見よがしに、サビシソウに自分の陣地の物影に隠れて後ろ向きに寝ちゃうらしく、その姿が哀れになるそうです。
 そして佐藤女史、この人は鉄という犬を今年になってもらいうけ、そばで見ていても「親ばか」ではなく「ばか親」なほど、愛しまくっています。同僚に「自分の面倒も見れないんだから(そこまで言われてなかったっけ!?)、犬なんて無理だよ。たまごっちを育てることからはじめたほうがいい」なんてぼろくそに言われた女です。
 そんな佐藤女史はこういっています。「自分のこと以外に手間がかかる存在っていうのがいたほうが、人間はなんだか狂わなくてすむんじゃないかなって思うところがあって、自分のことだけだとつらいことがあっても、そのことだけを考えていられるから、どんどん視野も狭くなっちゃうでしょ。そうじゃなくて邪魔してくれる存在というのがあると、すごくいいなあと思っている」
 そうなのです。余計なもの、手のかかるもの、頭の痛い存在がいると、大変なんだけど、実はそれが生きる支えになるということだってあると思うのです。まさに、生き残るためのペットです。
 近々迎える50歳以降の人生をいかに生き抜くべきかという話をよく佐藤女史とするのですが、そこでもよく「邪魔するものがいてほしい」話をよくします。この言葉以来、日々の家族の耐えられない鬱陶しさも、なんとなく受容できてきたような気がします。もちろん自分以外に手がかかるものが増えれば増えるほど、手が回らなくなり、そして日々小さな発狂をくり返して、そのたびに「今日は脳細胞が100万個は死んだな」という状況がくり返されていくという事実もまた一方にはあるのですが。もともとばかなのに、人よりどんどんばかになっていく不安も抱えながらです。

 動物病院の話に戻りますが、実はうちにも犬と猫がいて、猫のほうが先日、突然ぐったりし、暑い日が続いたから、軽い熱中症にかかったのかなーとお気楽に思っていたら、あれよあれよという間に動けなくなり、動物病院に連れて行ったところ、免疫性溶解性貧血だっけ、自己免疫の病気で、自分で自分の血をつくることができなくなるという病気かもしれないという診断を受けました。腎臓も肝臓もはかれないほどの高値になっていて、不全状態に陥り、そして緊急輸血。ちなみに猫はA型が多いらしい。
 「今晩が山かもしれません。一応、心の準備をなさって面会しておいてください」と言われ、病院のガラスケースの酸素室でひっそりと息をしているわが猫ちゃんに涙ながらに対面しました。そしてあれから2週間。点滴と酸素補給を受けながら、なぜだか奇跡的な回復をとげ、いまは毎日増血剤と抗生剤を飲みながらですが、けっこう回復しました。そしてかかったお金はいまのところ20万円。
 座談会で語られてましたが、斎藤綾子さんはここ半年で忠太郎くんの病気治療に150万円使ったそうです。あっぱれです。
 「今日は3万500円です〜」と言われて万札を出しつつも「ああもったいない! 我が家の1ヶ月の電気代と電話代と水道代が一日で飛んで行く〜」とけちくさいことを考えてしまった私は、斎藤さんの足下にも及びません、まったく。
 手のかかるものはお金もかかります。

 「ペット」と「生き残る」を合わせて考えてみたい人には、本当におすすめのQJr2「生き残るためのペット座談会」です。20ページにも及ぶロング座談をたっぷりお楽しみいただけます。

2006-08-03 15:30 [那須 ゆかり]

2006-07-28

「ゲイにとってのうつ」「海外で生きるという選択」

 今回は、「ゲイにとってのうつ」と「海外で生きるという選択」を執筆くださった後藤純一さんに感想を送っていただきました。まずは、ご紹介します。

「ゲイにとってのうつ」「海外で生きるという選択」を書かせていただいた後藤純一です。

「ゲイにとってのうつ」は卒論並みに骨が折れた原稿でした。もともとゲイ雑誌で書いていたのですが、こうした長めの骨太な原稿を書くのに慣れていないせいで、伏見さんのお手をかなり煩わせてしまいました。それでも辛抱強くご指導くださった伏見さんに感謝申し上げます。
 僕が「ゲイにとってのうつ」を書こうと思ったのは、身近でうつ病を患って自殺した友人がいたり、今でもたくさんの友人がこの病気とともに生きているからです。以前からHIVのことに関わってきましたが、HIVとうつも密接な関係があるし、今ゲイの間でうつがとても深刻になっていてしかもいろいろとうつに対する誤解も多い状況があると感じていました。この原稿が少しでもうつに対する理解を深めていただける端緒となれば幸いです。
 僕自身も一時期軽いうつ状態になりましたが(今は回復しています)、実は以前、実家の父親もこの病気に苦しんだことがあります。そういう意味でも他人事ではないという気持ちがありました。
 実家の両親に『QJr』を送って読んでもらったところ、父が「よく書いたね。今後何か私に協力できることがあったら遠慮なく言いなさい」と言ってくれました。そして母からはこんな手紙が来ました。「誰でもどんな人でもうつになる可能性があるということですね。軽い、重い、はねかえす、はねかえせない等、個々で違うと思うけど、なりやすい環境の中に長い間とどまっていると抜け出せないのかもしれませんね。自分自身の好ましいところ、いやなところを客観的に見つめて受け入れ、他者も同じく受け入れ、そしてありのままに生きるのがいちばんいいのかもしれません。なるようにしかならないし、人間の心も体も新幹線のように速く走れないということですね。同性愛者にしろ、異性愛者にしろ、この世は生きづらいですよね。しかし、どうせならしかめっつらでなく楽しみを見つけて生きてしまおう! この本はずいぶん立派なのに案外低価格ですね。バディより読み応えがあるし、いいでーす。また送ってネ!」(原文ママ)
 
「海外で生きるという選択」は同性パートナーシップ制度を利用してオーストラリアに移住した鳴海さんへのインタビューです。今年の2月におじゃました際に「何か載せる機会もあるかもしれない」ということでお話をお聞きしていたのでした。ゲイがのびのびと暮らしやすい環境で、パートナーの方とのしあわせな生活を送っている鳴海さんでした。機会があったらみなさんもシドニーやメルボルンに行ってみてください。人生観が変わるような、素敵な街ですよ。

 それから、『QJr』全体を通してですが、巻頭のリーマンの方々へのインタビュー集は圧巻でした。今を生きるリアルなゲイ像が立ち上がってきます。その中に元パートナーも登場しているのですが、僕に関わる部分を読んでいたら(外だったのですが)泣いてしまいました。10年以上もつきあってきて、胸の内で感じていたけど口には出さなかったようなことが、こういうカタチで言葉になると、やられますね。そういう意味でも一生大事にしなくてはいけない本になりました。
 タックさんの闘病記も身につまされましたし、飯田さんのお話にも胸を打たれました。耐性ウィルス問題の深刻さを丁寧に解説してくれた玉野さんの記事にもリスペクト!でした。
 最初の話にもつながりますが、昨日まで笑顔で会っていた人が突然いなくなってしまったり、実は重い病気を抱えていることを知らされる、自分もまたそうなる可能性とともに生きている、ということをひしひしと感じながら、だからこそ日々を大事に、愛する人たちといっしょに暮らせる歓びをかみしめながら、自分や仲間を大切にしながら生きていきたいなと思わせる、そんな内容だったと思います。素晴らしい本です。
 
 この本に関わることができたことを本当にしあわせに思います。
 ありがとうございました。

「ゲイにとってのうつ」は、うつとはどういう病気なのか、うつを経験した人たちへのインタビュー取材、なぜうつになるゲイが多いと考えられるのかを丁寧に追いかけたリポートです。
QJr vol.2のテーマは「生き残る。」です。
「2006年の日本をさあどうやって生き抜いていこうか」を考えるときに、「うつ病」はおそらく大きなテーマです。ネットを検索すると、日本のうつ病患者は、70万人いるとも、200万人いるとも書かれていて、その数字の根拠はいまいちわからないにしても、身近を見回しても、うつを患って病院に通っている人は何人もいます。
いつからこんなにうつ病患者が増えたのか、なぜ増えたのか、そして、うつ病とはどんな病いなのか、こんなにうつにかかってしまう人が多くなった日本社会は、いったいどんな社会なんだろう、そんなことをいろいろ考えさせられた記事でした。
末ページには、うつにかかったゲイの人へのサポート団体や社会福祉制度の活用などの情報もまとめられています。役立ちます。

2006-07-28 20:49 [那須 ゆかり]

2006-07-24

生き残るための生命保険

今日は、QJr vol.2で「ゲイと生命保険」の原稿をよせてくれた田中洸貴さんの日記を紹介します。
田中さんは、mixiで「ゲイと生命保険」というコミュをたちあげていらっしゃいます。
今回のQJrでは、「独身でゲイのあなた、あなたが入っている保険は本当にあなたのライフスタイルにあったものですか?」という問いかけをしてくれています。保険の種類にはどんなものがあるのか、保険の見直しのポイントはどこか、などなど保険初心者に向けて丁寧に解説してくれていて、「生き残るための生命保険のいろは」を学ぶには、もってこいです。タイトルは「ゲイと〜」ですが、それぞれのライフスタイルに合わせた保険の掛け方をしようという意味では、誰にとっても同じことなので、どなたでも参考にしていただけますよん。私がハッとしたのは、「月々の保険の何%が貯蓄にまわっているのか知っておくこと」というくだり。私は年金付きの保険に入っているんですが、そんなこと考えたことがありませんでした。

先日からちょこっと日記で紹介しました雑誌QJr(クィア・ジャパン・リターンズ)の話をします。

日記を読んでくださった方がぜひ読みたい!!と言ってくださってすごくうれしいです。実は話をいただいた時にこの雑誌の存在を知らなかったのです。ゴメンナサイ。ある日、編集長の伏見さんから連絡をいただきまして。なぜ僕にかというと、もともとmixiのコミュで「ゲイと生命保険」のコミュをたちあげていたので、それがきっかけのようです。
突然の依頼に躊躇はしました。そんな執筆なんて・・・と思いました。でもそれ以上にみんなの役に立ちたいと思ったのがきっかけだったんですよ。だってもともとコミュを立ち上げたきっかけが「みんなに少しでも自分の知ってる知識をわけてあげたい」という理由でしたから。だって「生命保険」のことなんて詳しい人も、真剣に考えてる人もなかなかいないもんですよね。
だからこうやって記事を書いてそれがゲイの読者の方に役に立てるなんてほんとに素晴らしいことだなって思いました。
正直、自分がこの記事を書くことになってこのQJrという雑誌を見てみたんですけど真面目な内容なんですよ。w なんか真剣に読んでしまう。そして1人で物思いにふけって自分のこれからをどうしようかと考える・・・そんな雑誌でした。今まで購入していた雑誌のようにグラビアをまず・・・というのとは違いました。w でも自分以外にもすごく将来のことを考えてがんばっている人がいるんだな〜と考えさせられました。
そうそう、今月号のモデル君もよかった。w 次回もし参加させてもらえる機会があったらぜひモデルで・・・と考えているのでした。ミノホドシラズ いちおう自己紹介のところでmixiでコミュを立ち上げていると書いてます。「てびち」という名前も。ただ残念ながら今回は僕の画像はありません。w よかったらぜひ読んでみてくださいね。ぜったいためになると思います。僕の記事もそうですけど(w)、ほかの方の書いた記事、すっごく勉強になります。今年の夏、ビーチで日焼けするみなさん、どうぞ僕の記事の載ったQJrをお供に・・・

余計な話ですが、私自身の保険加入歴は、28歳のとき。長期的視野に立って人生を組み立てるという考えが苦手(というより嫌い)だった私に、生保レディになりたての友人がまくしたてました。「30歳目前でしょ(そうだよ、言われなくてもわかってるよっ)。いまんところ結婚するあてもないわけだし(ないわよ、ないわよ、ないに決まってんじゃん!)、もしかするとこのままひとりで生きていくことになるかもしれないんだから(なんでそれがいけないんだよっ)、寂しい老後にお金がなかったらどーすんの!!(ろ、老後なんてそんなもん、まだ先じゃん。それに60歳になるまでに死んでしまうかもしれないんだから←あさはか。貧乏な老後ってどういうものか、そのときはまだまったく実感できない若造だったのです。いまはうっすらと実感できるから恐怖が増すのです) 病気になったときどーすんの!!(……)貯金なんてないでしょ?(20万円くらいしかない……ああ、やばいかも)」と。さすがに病気になったら困るかもと、結局加入しました。
しかし貧乏だった私は、月々の支払いを1万以上にするわけにはいかず、せいぜい女性特約という女性特有の病気にかかったときに多めにお金がおりるというのをつけたくらいで、65歳からもらえる年金は、年間で48万円。まるで砂漠に水をまくようなむなしい金額です。その後、ケッコンしたのですが、そうはいってもそのうち離婚するかもしれないし、夫がリストラに合って私の腕にぶらさがってくるかもしれないわけで、いまの目標は、60歳になっても70歳になっても収入を得られる仕事をなんとか見つけるぞ!ということなのです。
そんな私の保険、本当に私のいまのライフスタイルに合っているのか。老後年金が48万円ぽっちでよいのか。いろいろ考えるところはありそうな私の保険ですが、保険証書を出して見直すのも面倒くさいものぐさな私。「ゲイと生命保険」の読者として失格な私です。すみません、田中先生。
それにしてもみなさん、自分の収入の何%くらいを保険にあてているのでしょうか。

2006-07-24 17:05 [那須 ゆかり]

2006-07-20

『QJr』●「ゲイの肖像」飯田真美さんの記事のこと

クィア・ジャパン・リターンズvol.2、できあがりました。
ゲイショップではもちろんのこと、そろそろ書店でも販売されていると思います。
今回の『QJr』は、208ページの大作です。「生き残る。」と題して、2006年の日本を生き残っていくために、自分の居場所で生き続ける人たちのリアルを、インタビューで、座談会で、シンポジウムで、対談で、浮かび上がらせました。
読んでいただいた方からは、「今回は(も)おもしろいですねえ。会社で生き残るのインタビューを、毎晩3人ずつ読んで寝てます」「内容といい、切り口といい、スゴイ!の一言です」など、うれしい声をいただいています。
ゲイ雑誌ということで、ゲイでない人にはなかなか届きにくいかもしれない。けれども、内容は決してゲイが独占!するもの(笑)ではありません。一人でも多くの人にこんな本があるんだよと届けたいという宣伝の意味も含めて、この新刊編集雑記というコーナーを新しくつくりました。
まずはQJrの内容やトピックス、QJrの販売の動きなど、書いていこうと思います。
今後はできれば、新しく出た本の内容や、これから新しく出る本の編集過程での雑感などを、タイトル別にぼちぼちアップしていこうかと思っています。できれば、というくらいの、あまり気負わない程度の気持ちで。

さて、『QJr』第一回目の新刊編集雑記は、すみません、ちょっと人の手を借りてしまいますが(笑)、vol.2で「ゲイの肖像」というコーナーの写真と文章を担当している田辺貴久くんの日記から、です。
今回の「ゲイの肖像」は、ゲイの方ではなく、東京都の職員で、エイズ対策を担当している飯田真美さんの人物ルポです。なぜ飯田さんを取材しようということになったのか、取材過程の話など、記事になるまでの過程や、田辺貴久さんの記事への思いが書かれています。

昨年も日本のHIV新規感染報告数は千人を超えた。
そのうちのおよそ3分の1が、東京都からの報告だった。
歌舞伎町や渋谷センター街、そして新宿二丁目といった、
感染機会の集中する繁華街を抱え、
日々感染者が増え続けている東京都で、
それを必死に食い止めようと、
昼夜を問わず奔走する一人の女性がいる。
都のエイズ対策を担当する飯田真美だ。
厳しい現実に向き合いながらも、
いつも明るく、絶えぬ笑顔で仕事をこなす彼女は、
新宿二丁目でも、みんなに愛されている。
しかし、その笑顔の裏側には、
自身を襲った「乳ガン」という病と、
ひとり必死に戦い続ける、誰にも見せない顔があった。

QUEER JAPAN RETURNS vol.2
「ゲイの肖像:飯田真美〜癌とともにエイズと闘う」
冒頭部より

 僕が初めて飯田真美さんにお会いしたのは、まだすごく寒かった2月のこと。東京都のエイズ対策を担当している女性の職員に、ちょっと変わった面白い人がいると聞いたのがきっかけでした。
 二丁目のルノアールで待ち合わせたあと、居酒屋に行って飲み、それでも足りずにゲイバーを数軒ハシゴしました。お互いろれつの回らない舌で、ずいぶんといろいろな話をしたものです。初対面にもかかわらず、その日の帰りは結局終電でした。
 QUEER JAPAN RETURNSのルポルタージュで彼女を取り上げることになり、それから何度も、飲みに出かけたり、講演についていったりを繰り返しました。彼女はどこに行っても明るくにぎやかで、その場の空気をみずみずしくするようなパワーを持っていました。僕も会うたびに元気をもらえるような気持ちで、取材とはいえ彼女に会うのがいつも楽しみでした。
 あるときは飯田さんの家にお邪魔しました。その日はおうちの写真を撮らせてもらうということだったのですが、家に着くなり冷蔵庫からいろいろなおつまみを出してくれて、結局写真撮影もそこそこに、即席で宴会になってしまいました。彼女は家ではいつも以上ににぎやかで、しまいには歌まで歌い出す始末。とりわけ楽しい夜でした。
 その日、飯田さんと別れて独り歩く帰り道、楽しい夜を過ごしたにもかかわらず僕の心に残っていたのは、話しているときに見せる、遠くを見るような目線だったり、笑い顔のあとに作る、ため息混じりの表情だったり、そんなものばかりでした。まだまだ刺すような寒さに身震いしながら、しんみりとした気分になったのを、よく覚えています。
 彼女が癌だということを聞いたから、そういうところばかりが気になった、というのではなく、おそらく彼女はずっと昔から、そういう淡い翳をどこか纏っていて、それがしんみりとした気持ちを呼ぶのだろうと思いました。だから、僕も含めて周りの人は、飯田さんに対して「好きだ」というよりも、なにより「大切だ」と思うのでしょう。
 人間はだれもが、いつかはこの世から居なくなります。そのとき、その相手に対して抱いていた「大切だ」という気持ちは、行く先を失って、いろんな形で溢れます。僕は、そのとき溢れるだろうものを封じ込めるような気持ちで、今回ルポルタージュを書きました。結局書きたかったものが書けた気はせず、いまももどかしい気持ちがありますが、読んでいただければうれしいです。──田辺貴久

2006-07-20 17:46 [那須 ゆかり]

2006-05-11

新世紀書店発刊記念トークセッション

新世紀書店——自分でつくる本屋のカタチ」編著●北尾トロ・高野麻結子[2006.04.20刊行]の発刊を記念して、ジュンク堂池袋本店でトークセッションが開かれます(主催・ジュンク堂書店)。
ご希望があれば、北尾トロ・斉木博司・高野麻結子がサインをします。
どうぞご参加を。

●申込はこちらへ→ジュンク堂書店

●タイトル
「新世紀書店」—イギリスの古本の町・ヘイオンワイとこれからの本屋—
●日時
2006年6月1日(木)19時〜
●会場
ジュンク堂書店池袋店
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2006-05-11 13:23 [沢辺 均]

2006-05-08

5月20日(土)上農正剛さん講演と議論

ポット出版の『たったひとりのクレオール  聴覚障害児教育における言語論と障害認識』[2003.10.20刊行]の著者・上農正剛さんの講演が東京・立教大学であります。
一般の参加も歓迎のようなので、どうでしょうか? ご参加は。

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2006-05-08 19:16 [沢辺 均]

2005-12-26

報道資料:単行本『同性愛入門』をサイトで無料公開

                  【報道資料】 2005年12月26日

                  ポット出版 担当:沢辺
                  tel.03-3478-1774 fax.03-3402-5558

ポット出版では、単行本『同性愛入門』を2005年12月24日に、全文をPDFでポット出版のサイトから無料公開しました。

『同性愛入門』は、同性愛初心者の入門書として2003年3月18日に発行しました。

同性愛初心者はネットで情報を得ようとすることがとても多いと思われます。
本来、そうした人たちに情報を届けるためには、ネットでの公開が一番適切だと思いした。
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2005-12-26 17:22 [沢辺 均]