月別アーカイブ: 2009年11月

鉄(犬)のアレルギー対策再スタート

ハウスダストにアレルギー反応がある鉄。
これまで、ステロイドと抗ヒスタミン剤で、症状を抑えてきたのだけど、薬がだんだん効かなくなり
根本的に治療しようと思い立った。
私が考えたのは、減感作療法だったのだけど。
先週に、新しい病院に行き、診察を受けたら、減感作療法に踏み切る前に
まだまだやれることがあるとの診断だった。

まず、ドクターの第一段階の指令は
・ドクター指定のドックフード以外、一切与えてはいけない。
・週1回のシャンプー。

食いしん坊大将軍の鉄なのに、食べ物制限をするなんて、人間の方がつらい。
水に濡れることが大嫌いな鉄に、週1のシャンプーなんて、人間の方がつらい。

…というわけで、要は人間側の課題でした。
心を鬼にして、1週間がんばってます。

あっ、すずは相変わらず元気です。

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ポット出版社長・沢辺均の日記-52[2009.11.25〜11.29]

●2009.11.25水
午後、山中学さんとタコシェ中山亜弓(通称・アユ)。
羯諦」の、アメリカのミュージアムでの販売などの相談。
夜は版元ドットコム会議。
すっかり前回の議事録当番を忘れてる。
版元ドットコム会議の司会と議事録当番は回り持ち。
議事録を書いたら、その翌月の会議の司会というのがルール。
つまり前回議事録当番だったのを忘れていた。
前日に、尹が気づいて、外出中のオレに代わって議事録を書いてくれた。
おいらが不在でも、対応ができるポットという組織の成長がうれしい。
尹も成長したもんだ。

●2009.11.26木
出版会議。髙橋がアマゾンの在庫表示の意味を質問したんで、大講義。
スタッフたちの理解って、オレから見ると部分部分をちょこっとつまんでるような理解に見える。
著作権についてもときどき問題がおこって聞いてみると、理解が部分、のつまみ食い。
この前も、結局「死後50年」が抜けてたヤツがいた。
不思議だ、つまみ食い理解で不安ないのか?
15時に早稲田大学へ。竹田青嗣さんに「談話室沢辺」のためのインタビュー。
労働の意味と意義について、。
アーレントの「人間の条件」をひいた、
労働→仕事→活動って話が面白かった。
髙橋と那須が朝までかかって「クズが世界を豊かにする YouTubeから見るインターネット論」(松沢呉一著)の入稿。

●2009.11.27金
ポット会議→掃除大会。
ポット会議では、あるトラブルをめぐって「相手の言ってないことまで想像で埋めてしまう」って話に。
午後は、マサコちゃんの数十数回目の誕生を祝ってケーキ。キルフェボンのホールを二つ。
岩松さんのトークセッションなどの営業ファックスをめぐって説教。
公式として理解しておけばいいのに。
今回の公式は、目標→本を売ること→書店に置いてもらうこと→書店員に本を認知してもらう→トークセッションで売れるかもしれないと思ってもらいたい→そのために岩松さんが書店で宣伝しますよ、
ってもの。だからメインタイトルは「岩松了のトークやサイン会やってもらえませんか?」って方向だろう。
17時〜19時半まで、代々木図書館で図書館員をやる。
今日はNPOげんきな図書館の研修なんで、スタッフをそっちに出席させると人が足んなくなるから。
「明治維新/幕末/龍馬」というミニ特集だなを作ったぞ。

●2009.11.28土
夕方からひと月ぶりのバンド練習。
風邪などで欠席がいたけど、楽しく大きな音を出した。
キーボードがあらたに加わったんだけど、ピアノの先生をやってるだけあって、
初見でも結構ついてくる。スゲー。

●2009.11.29日
14時まで寝まくる。前夜、司馬遼太郎の「花神」=大村益次郎の話、3巻読了。
ただちに代々木公園に、鉄とすずと一緒に行く。
二頭を風呂に入れた。鉄はアレルギーらしくその治療の一つとして週に一回、
体を洗ってリンスまでさせなきゃならなくなった。もちろん犬用のアレルギー対応のシャンプー・リンス。
メシ喰って夕方から、事務所に出てレジュメをつくったりなんだり。

パイン事務所での暗黒時代 [北尾トロ 第13回]

パインの事務所では月刊誌の「ロンロン」に加えて、パソコン周辺機器のムック製作が始まった。当時はまだパソコンそのものが一般的になりつつあった頃で、この手のカタログ的なものにも需要があったのだ。いち早くパソコンを使いこなしていたパインにとって仕事はいくらでもあり、ひとりではさばき切れないほどである。そこでパインは、少しでも知識のある若手ライターにどんどん仕事をまわし、編集プロダクション「オールウェイ」を大きくする作戦を立てていた。

「俺はもう30過ぎだろ。このままライターで食っていけなくもないけど、プログラミングから自分でやるほど詳しいわけじゃないし、パソコンの専門家になりたいわけでもない。それよりは編プロのおやじになるほうが、この先生き残れると思ってるんだよ。秀樹も手伝ってくれると助かるんだけど」

そう言われてもパソコンは大の苦手。ぼくの出番はあまりなさそうだ。 続きを読む

レジュメ●2009.11.30高円寺純情出版界「35ブックスと出版業界、みんなで討論」

高円寺純情出版界「35ブックスと出版業界、みんなで討論」
2009.11.30月 レジュメ(沢辺均・ポット出版)

●35ブックス経過(手帳やメモから)
2009.03.00  第一回会議(18社23人)
2009.04.03金 会議
2009.04.22水 会議
2009.05.21木 会議
2009.06.12金 会議
2009.07.03金 会議(この辺りから営業)
2009.07.06月 企画説明会+プレス発表会
2009.07.09木 日書連全国情報化推進委員長会議(沢辺講師、図書館のことなど)
2009.07.11土 本の学校・出版産業シンポジウムin東京 14:30〜16:00
 出版社からの責任販売・時限再販提案/第2部第4分科会で、
 筑摩書房平川さん、河出書房新社岡垣さん、南天堂書店奥村さん
2009.07.30木 会議
2009.08.28金 飲み会(沢辺だけ欠席)
2009.10.09金 会議(搬入などについて)
2009.11.06金 取次搬入

●ポット出版「落語を観るならこのDVD」新刊の注文
瀧口 雅仁 定価1600+税 ISBN978-4-7808-0131-6 C0076
四六判 / 232ページ / 並製 [2009年11月 刊行] 初版3000冊

○統一注文書◎126店/264冊
トーハン●38店/66冊 日販●72店/151冊 大阪屋●11店/29冊
太洋社●2店/7冊 栗田●2店/6冊 八木書店●1店/5冊

○独自注文書合計◎43店/175冊
トーハン●18店/63冊 日販●13店/45冊 大阪屋●12店/67冊

○統一+独自注文合計◎159店/398冊 ※重複を除いたもの
トーハン●53店/116冊 日販●81店/184冊 大阪屋●20店/80冊
太洋社●2店/7冊 栗田●2店/6冊 八木書店●1店/5冊
 
○搬入後の注文=126   客注=34  補充=64 不明=28
ト=18 日販=45 栗田=2 ブサ=3 中央=1 大阪=36 太洋=11(TRC10) JRC=10 合計=126
VAN=28 取次回収短冊=12 アマゾン=10 ブックサービス=1 電話ファックス=75 合計=126

●実売
ネット=10冊前後
紀伊國屋=売れ10 仕入れ=48 返品=1
ジュンク堂=売れ17 仕入れ=77

●聞こえてきた声
・時限再販に(非再販だと中小書店はアマゾンなどの値引きに勝てない)
・再販を外す
・ストレートに買い切り
・55でも高い
・35歩安は低い
・在庫処分商品か?
・商品がわるい(筑摩なら金持ち父さんなど)
・書店の意見をきかない
・商売として判断するだけ(信山社)

●個人的な感想
・販売目標欄は頓挫
・書店と一緒にやる、視点が欠けていた(議論、ウエブサイト、情報の公開性)
・新刊を入れたことで、補充可能に。取次はシステムを変更してくれた
・あいかわらずの反応はあるけどね
・責任販売→35ブックス
・定価をあげれば、書店のマージン金額はあがる
・ポット出版はずいぶんとトクさせてもらった メディアでの露出など
・歩戻し(トあり/日未/大空/太未/八未)/正味/支払い保留
・単品ごとの条件設定ができることになった

新刊『クズが世界を豊かにする』(松沢呉一)●予約受付中!

2009年12月17日刊行予定の新刊『クズが世界を豊かにする─YouTubeから見るインターネット論 』(松沢呉一)の予約を受付中です。

どんなに優れたジャーナリストよりも、百の凡人が世界を変える時代。
YouTubeで観られる動画75本をサンプルに、松沢呉一がメディアの変化、文化比較、インターネットの今後の可能性について語ります。

結論を言うと、Youtubeは面白い(笑)。実際、こんなに面白いオモチャはなかなかない。すっごいシンプルな仕組みですが、使いこなすにはちょっとしたマニュアルが必要で、その最大のマニュアルは「自覚的な好奇心」です。(35章「自覚的な利用のススメ」より抜粋)

本のご予約

ご予約をいただいた本は、出来次第、送料無料でお送りします(代引の場合は代引手数料300円[代金1万円以下]のみご負担いただきます)。

本のタイトル/冊数/お名前/郵便番号/住所/電話番号/メールアドレス/お支払い方法(郵便振替または代引がご利用できます)をお書きのうえ、こちらへメールをお送りください。折り返しご確認のメールを差しあげます。

また、Amazonでも予約を受け付けております。
●Amazon.co.jp 『クズが世界を豊かにする─YouTubeから見るインターネット論

『クズが世界を豊かにする─YouTubeから見るインターネット論 』


著●松沢呉一
定価●1,600円+税
ISBN978-4-7808-0139-2 C0030
四六判 / 248ページ / 並製
[2009年12月17日刊行予定]

詳細はこちらをご覧ください。

『羯諦』●「日刊サイゾー」インタビュー&飯沢耕太郎レビュー記事掲載

2009年9月に刊行した写真集『羯諦─山中学 写真』の著者山中学さんのインタビュー記事が、「日刊サイゾー」に掲載されました。

創作期間25年の写真集『羯諦』写真家・山中学が焼き付ける「生と死の境界線」 – 日刊サイゾー

山中学さんが『羯諦』のシリーズを撮り始めたきっかけや、創作の姿勢の片鱗が伺えるインタビューです。

また、写真評論家の飯沢耕太郎さんが、『羯諦』のレビューを書いてくれました。

─写真を通じて生命と物質の境界を問いつめる作業の、極限値がここにあるといってよいだろう。
飯沢耕太郎のレビュー|美術館・アート情報 artscape

ぜひ、合わせてお読みいただければと思います。

『羯諦─山中学 写真』


著●山中学
定価●6,000円+税
ISBN978-4-7808-0132-3 C0072
250mm×250mm/144ページ/並製・函入
[2009年9月刊行]

著者のプロフィールなど、詳細はこちらをご覧ください

談話室沢辺 ゲスト:太郎次郎社エディタス・須田正晴 第2回「いまだに、信頼できる書誌データがない」

●ノウハウを、もっと共有していきたい

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沢辺 太郎次郎社エディタス、もしくは中小零細出版社、もしくは版元ドットコムとして、須田くんは今後何をやりたいと思ってるんですか?

須田 版元ドットコムとしては、細かいノウハウの共有を、もっとたくさんやっていきたいです。あまりアイデアがあるわけでもないし、利用者がどれくらいいるかわからないんですけど、高島さんや私が売上分析や書誌整理のためのエクセルのテンプレートを公開したりしてる(版元ドットコム:資料・ツール)じゃないですか。ああいう、何か始めようと思った人のきっかけになるものがあるのがすごく大事だと思っています。
私が版元ドットコムで活動していてありがたかったのは、入社直後に先輩が辞めてしまい、部署的なすれちがいもあって誰からも教わることができなかった営業を教わる場所ができたということでした。そういう場所として機能していくために、今FAQなどでやっているのを、もっと整理していきたいです。
例えば出版用語辞典も、「なかなか難しい」という話になったんだけれども、あれを簡単なところからもう一度立ち上げられないでしょうか。具体的に言うと「辞書」なんですけど、たとえばパソコンを買って来たばかりの状態では、「トーハン」って変換では出ないじゃないですか。「日販」も出ないし、「日教販」も出ないし、「延勘」も、「返条付注文」も出ない。そういう類のものって、大きい会社ではちゃんと辞書があると思うんですよ。それとも、個々人が鍛えてるんでしょうか。

沢辺 なるほど。そこは疑問に思ったことはなかったな。

須田 まあ、沢辺さんは自分で鍛えちゃうんだと思うんですけど、個々人が辞書を登録しているのって無駄じゃないですか。出版用語辞書を作ってあれば、それを入れるだけで出版関係の用語が簡単に出てくるようになって、しかも「じょうび」と入れたときに「常備」という漢字だけじゃなくて「本の所有権は出版社にある」とか、検索候補の中にヘルプが出てくるようにできたらいいな、と思ってます。細かいことなんですけど、ただでさえ小さい会社の人間が、一つひとつやっているのは手間ですから。そういうツールが入った便利箱が版元ドットコムにあって、各自が作ったものをどんどん入れていけたらいいな、と。
まあ、辞書に関しては本当に使いでのあるものになるかはわからないですけど、社内にパソコンを入れる度に出版関係の用語を入れるのが面倒くさい。新しいパソコンでその用語を初めて打つときに辞書登録するから、あっちのパソコンには入ってるけど、こっちのパソコンには入ってない、ということになるわけです。そんなの統一しちゃいたいと思うんですけど、社内のためだけだと、あまりやる気がしない(笑)。というのも、得することよりも、その辞書をメンテする手間の方が大変なので。ただ、共有辞書に少しずつ上げていくのであれば、後の人のためになるし、誰かが上げてくれれば、自分も苦労いらずでたくさんの語彙のものをダウンロードできますからね。
自社の用語の使い方と多少違ったとしても、やっぱり、共通であったほうがいい。そういう小物のノウハウ共有をもっと進めるのが、版元ドットコムでやりたいことの一つです。
あとは、そろそろ書店直送が現実的にできるんじゃないかな、というのが、沢辺さんたちの35ブックスの話を聞いて出てきました。今のところ、返条付は難しいかな、と思うんですけど。
他にも、前にトランスビューの工藤秀之さんと何人かが、取次の改訂版の書式について組合会議で話しているのを聞いて、「そんな書式があるんですか」と言ったら、メールでパッと書式を貰えたのが、非常にありがたかったです。まずそういう書式が存在することすら知らないと、貰うこともできないことじゃないですか。だから、本当は問題あるのかもしれないけど、そういうのもどんどん版元ドットコムの共有箱に入れていって、「最新版は窓口に貰いに行ったほうがいいかもしれないけど、こういうものが存在しているんだよ」ということが恒久的に分かるようにしておくのがいいと思うんです。
それなりに大きな会社では、「この時には、こうなってるから」というノウハウは社内の誰かが教えてくれるのかもしれない。でも小零細の出版社の中にいると、それがない。だから、版元ドットコムはノウハウ共有の一助になることを期待されているんだろうな、と思います。だから、そこは読者が、というよりは会員さんに使い勝手がいいものですね。

沢辺 オレはもうちょっと皮肉な、斜めな目線で見ちゃうんだよね。例えば改訂版のノウハウにしても、工藤くんは、そこでパッと書式が出てくるわけだよね。これ自身、なかなか凄いことだよな、と思うわけですよ。トランスビューって、社員3人くらいで、営業やってるのは1人だよね? つまり、工藤くん自身がそこまで全部カバーしていて、パッと出てくるわけよ。この前も、「d/sign」っていう太田出版の雑誌から松本晶次さんの『わたしの戦後出版史』(トランスビュー)という本の書評を書いてくれっていう依頼があって、書いたんだけどさ。依頼を受けたあと、会議か何かで工藤くんに会ったとき、「今度あの本の書評書くんだよ」って言ったの。そうしたら「書評のPDF送りましょうか」と、1ファイルになった書評のPDFが送られてくるわけよ。そういうのをキチッと整備しておくのって、意外と大変じゃない?

須田 工藤さんの整理能力と事務能力は、何か異常だと思いますよ。

沢辺 でしょ? 工藤くんのようにできる人はこの世にそうそう居ないんだから、彼を基準にしちゃいけないな、と。それと、須田くんのように改訂版についてのクエスチョンを立てられるということだけでも、大したものだと思うんですよ。問題を立てるのって、結構難しいじゃん。わかってないと、問題意識もないしね。
オレが何を言いたいかというと、現状の組合員はかなり優れている人が結構入っているから、組合員の基準で版元ドットコム全体を進めることはできないよね、ということで。

須田 「それはついていけないよ」というのは、頭においておかなきゃ、と思います。でも、皆がすぐできることはどのくらいか、というのは考えてるんじゃないでしょうか。例えば、自分は組合員なのに、このあいだメーリングリストに流れた版元ドットコムの会員社アンケートをまだ答えてないや、いうことが現実にあります。組合員社にもそういうズボラなのがいるんだから、会員社には、もっとメーリングリストをちゃんと見ていない人がいるだろうな、というのは想像できるわけです。

沢辺 そのアンケートのことについて、一つ「あ、いけない」と思ったのは取次の集品回数と出版社の納品サイクルを入れておけばよかったな、と。書店にとっては、それを情報として集めるのは大変でしょ。

須田 そういえば、日販の王子流通センターには「出版社カレンダー」というのがあるみたいですね。つまり出版社の営業日を把握してるみたいなんです。お盆とか暮の時期になると、日販から、「王子はこういう動きです。おたくの会社はどう動きますか?」というアンケートが来るんですけど、そのアンケートに「これは出版社カレンダーには反映されません」と書いてあるのに気づいたんです。ということは、出版社カレンダーというものがあって、書店はそれを参照してるんじゃないか、と。それがここ半年くらい引っかかってる疑問としてあって、もちろん電話して聞けばいいんですけど、電話したらいなかったのが2回くらいあったのでそのままになってる(笑)
日販のカレンダーは日販と取引している書店さんにしかいらないでしょうから、集品の期日とかと合わせて、書店さんに持ってもらえたらいいですよね。

沢辺 それは、版元ドットコムのMLに直ちにメールしておく手だよ。「出版社カレンダーというのが前から気になっていて、僕が調べます」でもいいじゃない。そうすると、誰かおせっかいな人が、おせっかいじゃないや、親切な人が「知らないの? こういうのがあるんだよ」って教えてくれたりするかもよ?

●出版社は、書誌情報をどこに持っていけばいいのか

須田 それから、既刊の書誌のメンテナンスについて。版元ドットコムは、新刊の書誌情報を流すことは結構しっかりやってきたんですけど、既刊のメンテナンスは大課題だと思っています。歯抜けになっている書誌情報があるのに、それがそのままになっている。さらに、その既刊の書誌は日外アソシエーツ・紀伊國屋連合、トーハン・TRC連合が持っていて、出版社ではなかなかタッチさせてもらえない。あれをなんとかタッチできるようにさせてもらって、既刊のデータも版元ドットコムと同期を取っていくのも、地味なようで大事な仕事なのかな、と。
最近ジュンク堂から「書誌情報の整備のために、『絶版』や『品切・重版未定』の情報が欲しい」という話があったみたいに、書店があてにできる既刊のデータベースは、現状、ありません。その状況は問題があるので、一括して版元ドットコムから呑み込んでもらえるところを増やしていきたいですよね。一方で、版元ドットコムに書誌情報をちゃんと登録してない会員社も多々あるので、信頼度のあるものを作らなくちゃいけない、と思うんです。でも、そこは鶏とタマゴで、使ってもらえるんだったらメンテしようか、という気にもなりますよね。

沢辺 須田くんの言う通りで、オレも年に3回くらい、「一斉メンテナンスやらないとまずいよな」と思うんだけど、「版元ドットコムのデータをメンテナンスしても、それを反映させてくれる場所がまだない」というのと、「反映させるべき場所が一杯あって、その全容を版元ドットコムも確定しきっていない」という2つがもう一歩、前に出れない「カベ」になっているんだよね。

須田 そうですよね。日外アソシエーツに行って聞いても、相変わらず全容はわからない。「何となくあの辺のブロックとあの辺のブロックが書誌を融通し合ってるみたいだけど、変えてもらうにはどこに持っていったらいいのか」がわからない。

沢辺 そうそう。例えば日外は紀伊國屋・日販グループだけど、日外の書誌を直してもらえば、日販や紀伊國屋も直るのか、逆に日販を直すと日外に反映されるのか、それとも個別に直してもらわないといけないのか、というのがわからない。

須田 そうです。聞きにいってもよくわからなかった。誰も把握してないんじゃないでしょうか(笑)

沢辺 書誌データに関しては、図書館の書誌データも気になってるんだよ。例えば国会図書館の書誌データと我々の書誌データが、果たして同一性が取れているのか。

須田 国会図書館といえば、ビックリしたことがあって。この間、小社で写真集を出したんですけど、そのあと国会の人から電話がかかってきて、「この著者は、小学館の児童向け絵本で写真を撮っている人と同じ人ですか」と言われたんです。「えっ? そんな仕事してたんだ?」と思って編集部の人に聞いたら、どうもそうらしいと。

沢辺 それも書誌データと同じで、せっかく国会が著者の同定をしてくれているのに、出版社側はそれを全く利用できていないよね。つまり、国会図書館の著者同定の作業でわかったことの中には、実は出版社が知らないことも、意外とあると思う。確かめてないけどね。
それでわざわざ『ず・ぼん12』で、「国会図書館の地下では、どうやって書誌情報を作っているのか」を調べに行った(記事のPDF:「国立国会図書館・JAPAN/MARCの現場を歩く[インタビュー]」)んだけど、やっぱり、かなりのことをやってるわけですよ。
例えば著者を同定する作業なら、その同定の経過も記録してるの。

須田 「出版社の営業部の須田に電話をしたら、『そうだ』と答えた」とか。

沢辺 そうそう。「出典はこれで、同一人物として確認した」とか、その出典もコピーして貼付けて、全部確保してる。せっかくそこまでやってくれてるのに、それを出版社が利用できていないのは、逆にもったいないと思う。

須田 既刊の書誌データの話に戻ると、受け入れ先としてジュンク堂はいいな、と思うんです。というのは、ジュンク堂のデータが充実すれば、どんなに売れない本でも3年に1冊くらいは注文が来るんじゃないか、という気がする。そうするとモチベーションが上がる。
他では、太郎次郎社がずっと前に出して、後からISBNを付番した本があるんですが、ISBNがついていない本としての情報がAmazonの中にあるんです。それがあろう事か、Amazonの検索順位で、ISBNがついているほうよりも上位に来ちゃう。具体的に言うと遠山啓さんの著作集・全29巻なんですけど、「遠山啓」で検索すると、岩波新書とかが上位に出てきて、次にうちから出している遠山さんの本の中で売行きが良い本が出てきて、そこから下のほうに、古本屋が出品している著作集がダーッと出てきて、そのさらに下に50冊くらい掘っていった先に、太郎次郎社の新品の著作集が在庫有りで一応出てる。でも、そんな下位に在庫有りで出ていても、誰も見てくれないですよね。
「ISBNがついている時代とついていない時代があるけれど、同じ本だからマージしたい」と思うんですが、マージできないんですよね。Amazonに直接聞いてみたことがないのでわからないんですけど。仕組みからしてどうも無理だろうって思ってます。

沢辺 「大きくつかまえて細かいことは無視する」というAmazonの商売の考え方は、それはそれで妥当性はあると思うんだけど、「本を売るうえで、同じものは同じものとして表示したい」というのもわかる。Amazonの中に「どうしたらいいですかね」と相談のできる人を見つけられていないのは、課題だよね。

須田 そうですね。Amazonや図書館のデータベースの中に話に乗ってくれる人がいて、「じゃあ出版社のほうでメンテしてくださいよ」と言ってくれるかというと、言ってくれないわけですからね。
だから今回、ジュンク堂が向こうから話を持ってきてくれたことに対して、「こういうこともあるんだな」と、ちょっと感激してるんです。その一方で、品切などの情報についての感度では、版元側と書店側には乖離があるじゃないですか。版元側は売り逃すのが嫌だから、少部数でも在庫があるものは「ある」と表示させたいのに、書店側から来るのは、「新規出店に出せるか聞きたい」とか、「一回貰えばメンテはもうしなくていいよ」という話になってしまう。今回、せっかく向こうから言ってきてくれたんだから、もっと詰めていって、リアルタイムとまではいかなくても、週に一度とか、それでも無理なら月に一度とか、在庫情報とクリーニングした書誌情報を更新する仕組みを作りたいですね。

沢辺 インターネット上のどこかに基本的な書誌情報を網羅したものがあって、そこから吐き出されるものをAmazonやジュンク堂が持っているデータとマッチングする仕組みが作れたらいいよね。マッチングしてズレがあったら自動的に出版社に問い合わせメールを出して確認、修正する、ということもできるかもしれない。例えば国会図書館のPORTAのデータを、ジュンク堂もAmazonも信用します、ということになれば、版元は国会のデータを直せばいいことになる。そういうルートができるのがいいよね。
でも、こういうことが具体的にオレたちの頭に立ち上ってきたのは、やっぱり10年間、あれこれ考えながら版元ドットコムをやってきたからだよね。

須田 そうですね。どの辺に問題があって、何が分からないのかが見えてきたのは、10年経ったからですよ。

次回へ続く

第3回「小さな出版社が、電子書籍について考える」
前回分は、
第1回「太郎次郎社エディタス・須田正晴は如何にして版元ドットコムに入ったのか」

プロフィール

須田正晴(すだ・まさはる)
太郎次郎社エディタス 営業部勤務
1995年太郎次郎社入社。2003年太郎次郎社エディタス設立にともない移籍。
版元ドットコムには設立時より幹事・組合員の一員として参加している。
Twitterのアカウントは@sudahato

tsudaるのOK! 公式実況者募集 12.02版元ドットコム入門・電子書籍の状況から作り方売り方まで

本当は版元ドットコムのニュースとして公開・募集すべきところなんですけど、
週末のこんな時間にやっとやってるので、まず、沢辺の日誌で公開。
版元ドットコムニュースでは、週明けに公開できると思います。

12.02版元ドットコム入門・電子書籍の状況から作り方売り方、来週になりました。
予想を越える申し込みで、200名を越える申し込みをもらいました。
取材も、文化通信/新文化/日経新聞/読売新聞などから申し込み。

で、当日のtwitterでの実況をOKにしました。
条件は、
・ネット接続の環境は自前で準備をお願いします
・発言者がオフレコとと言った部分は実況禁止
です。それ以外なにもないので、どなたでも実況してください。

また、公式実況者を募集しています。
参加申し込みしたかた(会員・会友は立ち見の受付をしていますが)で、
実況してくれる方はいませんか?

参加費と懇親会費(参加するかただけ)を無料にする特典あり、です。
申し込みは、twitterで、sawabekin か、
kin●pot.co.jpまで、連絡ください。

ハッシュタグは
#hanmoto091202
です。

談話室沢辺 ゲスト:須田正晴 第1回「太郎次郎社エディタス・須田正晴は如何にして版元ドットコムに入ったのか」

●太郎次郎社は、なぜ版元ドットコムに「入って来た」のか

沢辺 今回の談話室沢辺の最初のテーマは「版元ドットコム」でいきましょう。そういえば版元ドットコムのことって、組合員(幹事)とちゃんと話したことがなかったな、と思ってね。

須田 版元ドットコム大全』にまとめたりはしていますけど、生きた言葉ではあまりないですよね。今日、『大全』を読みながら来たんですけど、99年の呼びかけから数えたら今年で10年、サイトオープンからは来年で10年なんですよね。

沢辺 そうそう。組合員が何人かいる中で、なんで須田くんと話すのかというと、結成当初の役員メンバーの中で、ダントツに若かったから。

須田 そうですね。今だと会員社の中に若い人もたくさんいるけれど。99年からいる人は、沢辺さんと私以外では、青弓社の矢野恵二さんと、第三書館の北川明さんで。

沢辺 あと、幹事を辞めたの佐藤英之さん、凱風社の新田準さん。当時矢野さんたちが50代半ばくらいで、僕が40代前半。須田くんは20代だったでしょ?

須田 僕は25歳だったから、ちょうど20代の真中でしたね。

沢辺 それから、版元ドットコムと流対協(出版流通対策協議会)との関係はそんなに深いわけではないのだけど、そもそも版元ドットコムのアイデアが流対協の中の勉強会の過程で生まれた。版元ドットコム立ち上げ時のメンバーは、須田くんがいる太郎次郎社以外は流対協の会員社だったんだよね。
だから、まず「ところで、太郎次郎社は、なんで版元ドットコムに入って来たんだっけ?」というところから聞きたいな。
立ち上げの時から居たんだから、「入って来た」というと語弊があるのかもしれないけど、他はみんな流対協の勉強会をやってたから、やっぱり感覚的には「入って来た」という感じだった。

須田 経緯を説明すると、1999年の12月に、飯田橋の「東京しごとセンター(当時はシニアワーク東京)」でやった版元ドットコムの呼びかけ会に、私が行ったんですよ。
説明会があることは、12月1日の朝日新聞の記事で知りました。その記事は私が見つけたわけではなくて、社の先輩が「こういうのやるらしいけど、須田くん興味あるんじゃないの?」と言ってくれたので「じゃあ、見てきます」となったんですけど。

沢辺 枝葉の話なんだけど、そのときの新聞記事は、オレ的には、「ズレた報道のされ方をされているな」という意識があったよ。「書誌情報」より「産直」の話が重視されていて、「出版社が、インターネットを使って直接販売するらしい」みたいな感じで書かれていた。

須田 僕はその頃、「インターネットで今すぐたくさん本が売れる」とは思っていなかったです。でも、出版社のホームページがいくつかでき始めた頃で、太郎次郎社はまだサイトがなかったから、その辺のことは知っておかなければならないな、という意識がありました。
説明会に行ってみようと思った一番の理由は、書店側に本の情報が届いていない、という状況への問題意識です。その頃、大手はすでに出版VANで動いていたけれども、太郎次郎社は出版VAN(※参照「高島利行の出版営業の方法:第21回 新・出版ネットワークあるいは出版VANの今とこれから」)に接続していないため、まだ流通している本なのに、「書店で品切れって言われたんだけど」と、言われることがあったんです。つまり、アルバイトの書店員さんが検索機を叩いた時に出てこなくて、それを「こんな本はありゃしない」とか「こんな本は絶版です」と言われてしまっていた。
これは何とかしなくては、という意識を持ち始めた頃に、ちょうど版元ドットコムに出会ったんです。

沢辺 そういうことがあったね、あの頃。

須田 今でも、正題と副題を間違って叩いちゃったり、取次の書誌のほうがちがってたりして「ない」と言われることがありますよ。あと、取次によっては、すごく長い取り寄せ期日になるとか、「取り寄せできるか不明」というステータスが出ちゃうことがあって、それをお客さんに「品切れ」と伝えちゃう書店員さんもいます。もちろん、以前と比べたら減りましたけど。
これは多分、書店員さんというよりも、取次データベースのインターフェースの問題だと思うんです。ただ、当時我々出版社側が「その本はあります、この本はありません」と言っていなかったことも確かで、「言わないんだから、わかるわけがない」と言われればその通りでした。
でも、その「在庫の有無」をどうやって言えばいいのか、というのが自分にはわからなかった。だから、「版元ドットコムという団体は、そういうのをやるらしい」と知ったときに、「良いな」と思ったんですね。
それから、ネットで本が売れるとは思っていなかったけれど、「調べるのはネット」の時代になっているんだな、という感覚がありました。あの頃はまだGoogleもなかったから、検索ってすごくノウハウのいるものだったんですけど、気の利いた人は検索で調べていましたから。

沢辺 なるほど。確かに版元ドットコムは「書誌を自分たちで発信するんだ」と言っているけど、そこに至ったのは、須田くんが言ったような泥臭い理由なんだよね。要は、たとえばジュンク堂の大阪店で「そういう本はありません」「ポット出版は取引がありません」と言われちゃったりとか。取引があるのにだよ(笑)
もちろん、アルバイトの人がポット出版のポの字も知らなくても当たり前じゃん、という面もあるけどね。
在庫情報のことは、自分たちとしても当時強調したいポイントだった。

須田 そうですね。在庫の「ある/なし」の話は、今でも気になっているところです。最初の考えは、「あると言いたい」だったんですが、ずっと後になってから語研の高島利行さんに影響されて、「ないですよ、も大事なんだ」と思うようになったり。

沢辺 そうだね。在庫があるということを発信してないのに、「書店が探してくれない」とか不平を言っていても仕方がないから、まず自分たちで「ある/なし」をちゃんと発信しようよ、と。
それで、最初の説明会を聞いて、どうだったんですか?

須田 説明会を聞いてビックリしたのは、最初から出資社を募集していたことですね。入会はこうで、幹事社になるのはこうだ、というのを言ってたと思います。出資金20万円、入会金1万円、会費はこのくらいの見通しでできそうだ、という話でした。すごく面白い取り組みだと思ったし、在庫情報の発信は一社で四苦八苦しながらやっていても到底できないと思ったので、「これは乗る手だろう」と思ったんです。
会社に戻って、「これは入会ありですよ、会員になりましょう」という話をしたんです。そうしたら社長から、「こういうのはサービスに乗っかるだけじゃ駄目なんだよ。会議に行って『良い話聞いてきました』だけじゃつまらないだろう? 作る方に乗っからなくちゃ。幹事になれよ」と言われて、「やらせていただけるんだったら、やります」と。

沢辺 それはまず、社長がすごいね。

須田 振り返ってみると、「あのときは何だったんだろう」と思うんですけどね。社長はふだん、「本業よりも、そういう活動で世話を焼くのが好きなやつっているんだよな」と言っていて、自分も社員も会社の外の活動をするのがあまり好きではなかったので。太郎次郎社も他の団体に入っていた時期があったんですが、それも「毎月毎月会議ばかりしていて、何も実りが戻ってこない。あんなところ抜けちまえ」といって抜けたんですよね。その頃、私はバイトだったので、正確な経緯は知らないんですが。
とにかく、外向けの団体づきあいが好きではない人だったので、「幹事に入ってやれ」と言われたのは何でだったのかは、ちょっとわからないですね。推測で言うと、私が社内の内向きの仕事に向いちゃう体質なので、ちょっと外側に窓を開けた方がいいんじゃないか、という意識もあったのかもしれない。

沢辺 なるほど。「須田育成方針」として、外部のフレーバーを混ぜたほうが良い、という個別の判断だったのかも、と。でも、社長が言ったことはその通りで、版元ドットコムは、「結局、自分でやるほうが得なんだ」ということを大切にしてきたよね。

須田 そうですね。単なる参加者でいるよりは、作る側にいる方が得なんだ、ということですよね。

沢辺 そして、それはそれなりにうまくいってきたと思うんだよね。でも、投下労働量と成果を比べたら「はたして本当か?」ということはあるかもしれないけどね(笑)

須田 直接の営業業績という意味では難しいかもしれないですけど、明らかに視界が広がったとか、普段会わない人に会えたことは大きいですよね。その機会が業績に繋がっていないのは、どっちかというと私の問題で(笑)

●10年前に考えていたこと

沢辺 社長のひと言があって、いきなり幹事社として参加することになったわけだけど、発足前後の印象的な論争ってありますか?

須田 版元ドットコムの名称自体も結構揉めましたけど、印象的だったのは、「どうやって送料無料にするか」「送料無料で送るのは値引きの一種じゃないのか」という送料論争。
あと、定価表記について。「定価」と表記するのかどうか、表示は税込みなのか税抜きなのか、という話があった。消費税に関しては、99年の時点ではほぼ決着していたんですけど(消費税5%実施は97年4月1日から)、定価のほうは「2000円+税」のどこまでが定価なのかといった話もしていて、「ああ、いろんな経緯があるんだ」と思わされました。
僕は「定価」という表記について、皆がこうしているから、くらいに思っていたんですけど、出版社が定めているから「定価」なんですよね。それまでは値札を付けているのと同じような感覚でいて、「この価格で拘束している」という意識は全然なかった。
それから、どうやって組織を立ち上げるかとか、どうやって受注を各版元に回して発送から決裁までやるかという、実務上のフローの問題ですね。各版元が無理なく書誌情報を公開して、送料無料でお客さんにお送りする仕組みをどう作るのか、と。その頃ちょうど、TS共同流通組合が版元を回ってトラックで取りに行く仕組みを作っていましたけど、あれは出版社が受注のない日も毎日Webに見に行かなきゃいけないサービスだったので、「あんなの無理だよね」と話したり。
ほかには、会員の加盟資格をどうするか。結局、沢辺さんの「明文化できない」というのがすごくシックリきたんですけどね。あの頃だと「法の華」が入って来たらどうするんだとか、セクト系の会社がたくさん入って来たら、そういう風に見えるんじゃないかとか。「何を出版しようと自由じゃないか」という考えと、「最初から色がついて見られるのはよろしくない」という意識とがせめぎあっていて、その兼ね合いの付け方も面白かったです。
最後に、レジュメと議事録が毎回ちゃんと回っていること。社内の会議だと、決定事項は各自がメモをして、「これで進めますね」でおしまいで、その後の議事録は、あまり作ったことがなかったんです。だから、レジュメを作って会議をやって決定して、議事録がメールで回るのはすごく新鮮でしたね。メールを使って複数人数で動くプロジェクトに参加したのも初めてでしたし。

沢辺 正直言うと、あの頃はまだメールもあまり普及してないころで、メーリングリストを使った組織運営のノウハウがあったわけではなかったんだよ。
でも、今須田くんが指摘してくれたような、会議を開くときはレジュメ、終わったら議事録、それを役員だけでなく会員社にも全部回すことで、読まないかもしれないけど、しようと思った時にチェックができる公開性を確保する、というのは、実は一番大切なこと。色んな組織が立ち上がってはつぶれていく中で版元ドットコムが上手くいった最大の根拠は、そこのような気がするんだよね。

須田 メーリングリストで突っ込みが入るような、「口を挟んでいいところなんだな」という雰囲気があるのも大事だな、と思います。特に、会員の人は自社のことがあるから振り返って色々言えなかったりするんだけど、会友の人はすごく気軽に「こうなったらいいんじゃないの」と口を挟んでくれるので、運営サイドとしてもありがたいと思います。
例えば、最初は日程調整ひとつとっても、みんなでガタガタやってましたね。そうしたら、会友の川添歩さんが「日付を縦に書いて、その後一人ずつ自分の都合を○×で貼っていけばできるんです*」と教えてくれて、「すっげぇ、頭いい〜!」ってなったのを覚えてます。

*例
     川添 須田 沢辺
12/14月 ○  ◯  △
12/15火 ×  ◯  ×
12/16水 ○  ×  ◯
12/17木 ○  ◯  ◯
12/18金 △  ×  ×

沢辺 そういう会友のひと言は大事だよね。
当時全体として決まったけど、個人的には異論があった、ということはありました?

須田 うーん。異論はなかったと思います。ただ、立ち上げた後、書店向けの買い物かごがずっと実装されないことについては、「何でこれは優先順位が低いままなんだろう。客注が遅いのは問題なんだから、送ればいいじゃん」と思ってました。でも、今は150社だから少しは有用性があるかもしれないですけど、あの頃に「版元ドットコム30社は客注を直送します、と言ってもなあ」という感じですよね。
当時はそれがわからなかったから、「書店への直送もやると言っていたのに、なんでだ」という思いとともに「でも、有用なアピールの仕組みを自分でも思いつけないな」というのがありましたね。

●個人・須田正晴のライフヒストリー

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沢辺 なるほど。2番目はもっと遡って、そういう須田さんという人は、どのようにして太郎次郎社、それから版元ドットコムに至ったのか、を聞かせてもらえますか?
オレは、その人のキャラというのは、その人の活動と結びついているところもある思っていて、バックグラウンドとしての個人史が大切だと思うんですよ。

須田 私は1974年(昭和49年)生まれで、小学校のときは不登校児でした。小学校一年生の最初から「行きたくない」と泣きわめいていたそうで、なんだか知らないけど、学校になじみがよろしくなかったです。小学校6年間のうち、行ったのは実質3年か4年くらい。
それで「これは中学校に行ったらもっと酷くなるだろう。変わった学校を受けてみたらどうなんだ」という話があって、埼玉の飯能にある自由の森学園に、中学校受験をして入ったわけです。中学高校はそこで過ごしました。
私の実家が横浜のあざみ野なので、飯能まで電車で通学すると2時間半から3時間くらいかかるんです。だから寮に入って、中学校から親元は出て。高校1年生くらいになると寮にいるほうが面白くなって、土日も家に帰らないようになりました。
高校一年のときに、その頃はまだ珍しかったんですが、親がワープロを買ってくれたんです。
というのも、私は今でも字が下手ですけど、昔はもっと下手で人には読めないものだったので、中学の卒業制作はワープロで書いたんですね。そのときは寮の先輩に借りて。表示画面が3行しかないようなものだったんですが、手で書くよりは大分ましだったので、それで書いたんです。それを見た親が、「この子は文章を書くんだ」と思ったようで、パナソニックのU1s55Aiというワープロを買ってくれました。持ち歩きができるタイプで、フロッピーは2DDで入りました。
親がワープロを買ってくれた頃から、怪しげなビラを学校に貼ったり、同人誌を作ったりするようになりました。今思えば、その頃に出版のもとみたいなものがあったのかもしれません。4の倍数になるページ数でクリアファイルに面付けして入れて、リソグラフを回してガチャンガチャンと冊子にまとめたり。人から原稿を集めて作った冊子を、学園祭で無料で配ったりしてました。
ゆるい学校だったので、紙もインクも含めて、学校の印刷機をタダで使わせてもらえたから、コスト意識はなかったですね。自分たちで紙を折ってホチキス製本する気力の分だけ部数が作れたので。

沢辺 ちょっと話が戻るけど、自由の森の時は不登校にはならなかったの?

須田 中学1年のときは、土日に実家に帰って、そこから寮に戻れなかったことも、けっこうありました。中学1年生のときの寮は中学1年生と2年生しかいない寮で、毎日が修学旅行みたいな感じで、安心して寝られないところがあったんです。
中学2年生になったときに高校生と同じ寮に移ったんですが、中学2年生から見ると、高校生って大人じゃないですか。そうすると中学生が騒いでも高校生の仲裁が入るから、わりあい落ち着いた生活が手に入りました。馬の合う先輩とも繋がりができたし、それなりに友達もできたので、中学2年からはちゃんと通ってましたね。
その後、高校の時にいくつか本を読んで、「歴史の勉強がしたいから大学に行こう」と思ったんですが、自由の森というのは、いわゆる学力偏差値は付けてくれないところなので、自分で予備校に通って受験勉強をしなくちゃいけない。それで高校を卒業した後、一年浪人したんですが、勉強する習慣をもっていないので身が入らず、結局現役のときと浪人のときと二回落っこちました。
その浪人中は、時間があるので新聞なんかをすごくじっくり読むわけです。そのうち、世間での日本語の使われ方、主に漢字の文字使いがとても気になって、「交ぜ書きはすごく汚くて、ゆるせない!」という文章を浪人生のルサンチマンをたたきつけるように書いたんです。それを、後輩の卒業式で母校に行った日に、国語の伊東信夫先生、自由の森は国語じゃなくて日本語科といったんですけど、その先生に「こんなの書いたんですよ」と渡した。そうしたら、「君は、勉強もそんなに身が入っていないようだから、太郎次郎社というところに行って、日本語がどう使われているかを実地で学んできなさい。最初は使い走りかもしれないけど、何か分かるよ」と言われたんです。太郎次郎社は自由の森学園の設立にコミットしていて、伊東先生も太郎次郎社の著者の一人だったんですね。
ところが、「伊東先生の紹介で」と電話してから面接に行ったら、事前の紹介にちょっと行き違いがあって「なんだ、お前は」と、けんもほろろに追い返されまして。
その突き返され方が非常に腹立たしかったので、その足で都立日比谷図書館に行って、社長の浅川さんがどういう人なのかを紳士録であさったり、太郎次郎社がどんな会社か調べたりしたうえで、「字が汚いので宛名書きはできないけど、宛名出力のシステムを作ることはできますよ」とか、「面接でもらった雑誌のこことここが誤植ですよね。こういう『間違い探し』くらいならできますよ」というような手紙をワープロで書いて送ったんです。
自分でも「こんなこと言われて雇う人いないよな」と思ってたんですけど、最初に行って帰されたのが5月で、確か7月に太郎次郎社から「手紙を見て気になってたんだよ。来なさい」と連絡があって、8月から勤め始めたんです。最初は出庫係だといわれました。その頃の太郎次郎社はそこそこ人数がいたので、出庫をやったら次は雑誌の編集に行ったり、営業と編集が1年とか2年毎にローテートしていたんです。私も勤め始めて半年後からは、編集部のほうの使い走りになったり、また営業に戻ったりと、行ったり来たりするようになりました。版元ドットコムの話を聞いたのは、営業にいた頃です。1994年の8月に時給のアルバイトで入社して、版元ドットコムの呼びかけが1999年末だから、6年目でした。

沢辺 当時、既に本郷三丁目にある自社ビルだったの?

須田 そうです。ビルの地下に倉庫があって、そこで出庫をやっていました。

沢辺 ということは、取次が取りに来る、集品版元だったんだ?

須田 そうです。トーハンと日販は毎日あって、栗田、大阪屋、中央社、日教販は共同集品で月水金、太洋社は一社集品だけど月水金、あと鈴木書店と大曲にあったトーハンの専門書センターの納品は、赤帽さんに頼んでましたね。
まず、回収してきた短冊と、電話注文を書き起こした短冊を、社内コード順に並べるわけです。それを取次別に分けて、ピッキングリストを書いて、リストを元に本を棚から出して来て、短冊を挟んで、合計冊数が間違いなかったら納品伝票を打つ、という流れでした。セット組みなどもあるので、200点くらい出庫すると、3時間から4時間はつぶれます。それが終わったら、代引きや直販の出荷をやる。それは点数は少なくても1点あたりの時間がもっとかかるので、他に自社の中のスリップを刷ったり付き物の手配もして、だいたい4時間か5時間、午後一杯は出荷の仕事でしたね。

沢辺 その時はデータベースとか作らなかったの?

須田 作らなかったですね。

沢辺 怠けてたんじゃないの(笑)?

須田 はい、そのとおりです。ちょっと言い訳すると、出版社システム自体は、既に入っていたんです。それは日販コンピュータのシステムで、モニタは単色、OSはPC-DOSというものでした。素性は上等なものなんだけど、いじり方がまったくわからなかった。いっしょにカード型データベースも入っていたんですけど、訳の分からない言語で、アプリケーションも何も入れようがないし、ちょっと手が出せませんでしたね。その後にMS-DOSベースのものが入って、それはもうちょっと使い勝手のいいものだったし、移行時にCSVやSYLK形式経由での転換もやったので、書誌情報を整理しようという気は起きていたんですけど、怠けてやってませんでした。
ただ、怠けていたのにも理由があって、ISBN順のリストや紹介情報を作っても、出力先がないわけです。だから、作る理由も出てこない。紹介文は図書目録に載ってるから、これでいいじゃん、と。だから、95年から99年までの間に、DB的なトライアルというのは、ほとんどしていないですね。
ただ、雑誌の定期購読管理だけはDB的なことをやっていました。日販コンピュータのシステムには雑誌の定期購読管理システムが入っていたんですが、MS-DOSベースの安いシステムに変えたとき、定期購読管理がついてこなかったんです。
だから定期購読管理を作らなくてはいけなかったんですが、自分ではとても作れないので、高校のときの友達に頼むことにしたんです。「ヤツの力を借りたいんですけど、いいですか?」と社内にも聞いて。でも、彼もかわいそうだったな。5万円くらいで引き受けたばかりに7日か8日会社に泊まり込みで(笑)
その時に初めてAccessに出合いました。96年か97年くらいですね。友達にAccessでシステムを作ってもらって、「DBってこういうものか。便利なものだな」と思いました。彼はクエリ・マクロからVBAまで高度なことを駆使して作ってくれたけれども、私はその作り方がわからなくて、Excelよりも並べ方が便利なシステム、くらいの意識で使ってましたけど。

沢辺 なるほど。それが版元ドットコムに至るまでの、須田くんのライフヒストリーだね。

次回へ続く

第2回「いまだに、信頼できる書誌データがない」

プロフィール

須田正晴(すだ・まさはる)
太郎次郎社エディタス 営業部勤務
1995年太郎次郎社入社。2003年太郎次郎社エディタス設立にともない移籍。
版元ドットコムには設立時より幹事・組合員の一員として参加している。
Twitterのアカウントは@sudahato

『クズが世界を豊かにする』におけるYouTubeの画面キャプチャ大量貼り込み大作戦 

松沢呉一さんの新刊『クズが世界を豊かにする』では、YouTubeの動画の例が75本取り上げられていて、それぞれの動画の画面を図版として載せています。
1本の動画につき、1〜4画面のサンプルがあり、画像の総数は、200枚超。

定型のレイアウトですが、貼り込み作業は大変そうということで、大量画像取り込み大作戦です。

まずは『落語を観るならこのDVD』で覚えたてのXML読み込みで貼り込み作業を半自動化。

画像をIndesignファイルと同一階層のLinksフォルダにまとめて、

<?xml version=”1.0″ encoding=”UTF-8″?>
<Root>
<gazo href=”file://./Links/001.eps”/>
<gazo href=”file://./Links/002.eps”/>
<gazo href=”file://./Links/003.eps”/>
  :
  :
  :
</Root>

という具合にテキストを準備して、Indesignで読み込ませると、
対応する画像フレームに画像を配置してくれます。

が、画像を貼り込む際の画像の拡大が指定できません。
問答無用で100%の比率で貼り込まれます。
一見真っ黒ですがこれでも画像は配置されているのです。

before.png

フレームの縦横比はYouTubeの動画の比率にあわせてつくっているので、
「オブジェクトメニュー」>「オブジェクトサイズの調整」>「内容をフレーム内に収める」
でOKなのですが、正直200回やるのは結構めんどい。。ということで、

組版時間を半減する! InDesign自動処理実例集を参考にjavascriptを書いてみました。

●ドキュメント上の全ページの全部の画像フレームの画像に
「内容をフレーム内に収める」をかける。

var pageObj = app.activeDocument.pages;
//アクティブなドキュメント内のページを対象にする
for (n=0; n<pageObj.length; n++) {
//1ページずつページ数分だけ繰り返し
  for (var i=0; i<pageObj[n].allPageItems.length; i++) {
//ページ上のオブジェクト数の分だけ繰り返す
    if (pageObj[n].allPageItems[i].contentType == ContentType.graphicType) {
//もし、オブジェクトの属性がグラフィックだったら
      pageObj[n].allPageItems[i].fit(FitOptions.proportionally);
//内容をフレームに収める
    }
  }
}

残念なことに、
トリミングして使いたい画像も、もれなくフィットしてしまいます。
ほかにも、ブジェクトの属性がグラフィックだけど画像が入ってないとかが
あるとエラった気がしました。

真っ黒に見えた画像もFitしてキャプチャらしくなりました。
やったね。

after.png

というふうにしてサンプル画像の貼り込み作業を終えました。
調べる時間も含めたら、人海戦術と比べてどれほどはやいかというと
それほどはやくもなかったかもしれませんが。。