月別アーカイブ: 2005年10月

伏見憲明の履歴書

作家。
1963年東京生まれ。
武蔵野音楽大学付属高校・声楽科卒。
慶応義塾大学法学部卒。
1991年、『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房)でデビュー。独自のジェンダー/セクシュアリティ論を提出し、状況にインパクトを与える。以後、ゲイムーブメントの先駆けとしてメディアにしばしば登場し、全国を講演などで駆け回る。
2003年には、初の本格小説『魔女の息子』(河出書房新社)で第40回文藝賞を受賞。
著書に『さびしさの授業』『男子のための恋愛検定』(理論社)、『ゲイという[経験]増補版』『性という[饗宴]』『欲望問題』(ポット出版)ほか多数。
編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ vol.0〜2』(ポット出版)を刊行。
2010年に小説集『団地の女学生』(集英社)を上梓し、朝日新聞、共同通信、AERA、サンデー毎日、週刊朝日、クロワッサン、mixiニュース……など各紙誌で話題に。
2012年7月、『百年の憂鬱』をポット出版から単行本化。


2012年

978_4_7808_0184_2.jpg単行本『百年の憂鬱』をポット出版から上梓

 

2011年

小説「百年の憂鬱」を「すばる」9月号に発表

 

2010年

51ZBTQnzhyL._SL160_AA115_.jpg7年ぶりの小説集を集英社から刊行。『団地の女学生』。朝日新聞、共同通信、週刊朝日、サンデー毎日、AERA、クロワッサン、mixiニュース……など多くの紙誌で話題に。
サイト記事
 
 

2009年

51CML8MtobL._SL500_AA300_.jpgアメリカで最初のゲイ政治家・ハーヴィー・ミルクの生涯を写真とインタビューでつづった『MILK 写真で見るハーヴィー・ミルクの生涯』(AC Books)の監修。
 
 

2008年

「すばる」に小説「団地の女学生」を発表

水曜日だけのゲイバー、エフメゾを新宿二丁目のメゾフォルテさんの休店日を借りてはじめる。
エフメゾPV
 
 

2007年

yoku.jpg
『欲望問題』(ポット出版)を出版
橋爪大三郎、中村うさぎ、竹田青嗣、藤本由香里、加藤秀一、北原みのり、小浜逸郎、遥瑤子、山元大輔、池田清彦、藤井誠二……など錚々たる面々がポット出版のサイトに書評を寄せた。→『欲望問題』書評集

 
 

2006年

4_652_07820_X.jpgvol.2.jpgqjr_1.jpg
『男子のための恋愛検定』(理論社/よりみちパン!セ)
『クィア・ジャパン・リターンズ vol.2ーー生き残る』(ポット出版)

2005年

思春期以上の人々に向けたエッセイ集『さびしさの授業』(理論社/よりみちパン!セ)を発表。
『性という[饗宴]』(ポット出版)で、21世紀に入ってからの対談、鼎談、インタビューを集大成。
4年ぶりに『クィア・ジャパン』シリーズを復活させる。版元をポット出版に移して『クィア・ジャパン・リターンズ』として刊行開始。vol.0を5月に、vol.1を11月に出版。

2004年

『ゲイという[経験]』にバディで連載したエッセイ「曲がり角を過ぎても」と、野口勝三氏(現・京都精華大学助教授)との取り下ろし対談を加えて、『ゲイという[経験]増補版』(ポット出版)を刊行。
 
 

2003年

hentai.jpg初の本格小説『魔女の息子』(河出書房新社)で第40回文藝賞を受賞。
『同性愛入門[ゲイ編]』(ポット出版)を編著。
対談集『クィア・パラダイス』(1996)が『変態〈クィア〉入門』としてちくま文庫(筑摩書房)に入る。
明治学院大学・社会学部の非常勤講師を務める(〜2004年度)。

2002年

okamahasabetsuka.gifゲイライターとしての仕事を総括した『ゲイという[経験]』(ポット出版)を発表。単行本未収録原稿とともに代表作『プライベート・ゲイ・ライフ』、エッセイ集『キャンピィ感覚』も再録。
差別語と言葉狩りの問題をテーマに主催したシンポジウムを『オカマは差別か』(ポット出版)として上梓。

QS.jpg
セクシュアリティの生物学的研究を紹介したサイモン・ルベイの名著『クィア・サイエンス』(勁草書房)を翻訳監修。
 

2001年

51HQQWZPRQL._SL160_AA115_.jpg『クィア・ジャパン vol.4-友達いますか?』『クィア・ジャパン vol.5
-夢見る老後!』(勁草書房)を刊行。
編著『Hの革命』が『H大作戦!』と改題して徳間文庫に入る。
 
 

2000年

『クィア・ジャパン vol.3-魅惑のブス』『クィア・ジャパン vol.2-変態するサラリーマン』(勁草書房)を刊行。「魅惑のブス」はメディアで話題となり、版を重ねる。
日本性教育協会の機関誌で援助交際などについて識者に問うたインタビュー連載を、対話集『性の倫理学』(朝日新聞社)として発表。
 

1999年

21seiki50nin.gifクィアな視点からジェンダ−/セクシュアリティ文化をとらえ直す『クィア・ジャパン』シリーズを創刊。vol.1は『メイル・ボディ』(勁草書房)。
AERAの新年合併号の「21世紀の30代50人」総合部門に、野田聖子、枝野幸男、三谷幸喜、庵野秀明、木村剛氏らとともに選出される。
 
 
 

1998年

super.jpgH.jpg『Hの革命』(太田出版)を編著。
フォトエッセイ集『ゲイ・スタイル』(河出文庫)を発表。
『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽文庫)、『スーパーラヴ!』(祥伝社文庫)が文庫化。
 

1997年

ss9724.giftaiyaki.jpg 講談社現代新書から『〈性〉のミステリー』(講談社)が刊行。
 

編著『クィア・スタディーズ 97』(七つ森書館)、共著『SFバカ本・たいやき編』(ジャストシステム)、河出文庫から『快楽の技術』を出版。
 
gendainoshouzou.gifAERAの「現代の肖像」で取り上げられる。
世界(岩波書店)にルポ「性はどこまでわかっているのか」を寄稿。
 
 

1996年

トランスジェンダー、インターセックスなど多様なジェンダー/セクシュアリティとの対話集『クィア・パラダイス』(翔泳社)を発表。
共著『クィア・スタディーズ 96』(七つ森書館)を刊行。
 
 

1995年

boshiparade.gif エッセイ集『キャンピィ感覚』(マガジンハウス)を発表。
 
 
東京で行われたレズビアン&ゲイパレードに史上初の母子参加。
 
 
adonhyoushi.gifゲイ雑誌アドンが誌面の脱ポルノ化を図り、表紙をイラストから人物写真に切り替える。なぜか伏見のインタビュー時の顔アップ写真が無断使用される(ゲイ雑誌初のカミングアウトモデル!)。そのことによって売り上げが落ちてアドンは休刊に追い込まれた、というのが業界の伝説に(笑)。

 

1994年

エッセイ集『スーパーラヴ!』(マガジンハウス)を上梓。
朝日新聞「論壇」に「同性愛者に社会的認知を」を寄稿。
 
LOG.gifレズビアンライターの掛札悠子氏とともに各地の市民団体と協力して、札幌から福岡まで全国9カ所を講演で回る「LOGキャラバン」を実施。レズビアン&ゲイの地方イベントの先駆けとしてメディアでも多く取り上げられ、延べ1500人を動員した。
 

1993年

当時まだ公で語られることのなかったセックスライフを、斎藤綾子氏と語り尽くした『快楽の技術』(学陽書房)を発表。
 
 
 
byakuya.jpgゲイライフの名著として英語圏で広く読まれていた『ニュー・ジョイ・オブ・ゲイ・セックス』(白夜書房)を翻訳監修。版元主催のエイズの啓蒙イベントが六本木イエローで開催され、来日した著者のフェリス・ピカーノらとシンポジウムを行う。
 
岡山大学から非常勤講師として招聘(〜04年度)。初のオープンリーゲイの大学講師ということで朝日新聞などが話題にする。
 
 

1992年

1231_1s_16_1.jpgprime10.jpg編著『別冊宝島 ゲイの贈り物』を刊行。
NHK総合「プライム10 質問矢の如し」に出演し、NHKで初めて同性愛について論陣を張る。
 
 

1991年

zasshi.gif 単行本デビュー作『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房)を発表し、各方面で話題となる。

折からのメディアの「ゲイブーム」と相まって、各紙誌に度々登場することになる。
 
テレビ朝日系深夜番組「プレステージ」で「ゲイライフ」を企画、出演する。
 
 

1990年

newfem.jpg『ニュー・フェミニズム・レビュー vol.1』(学陽書房)に、のちに『プライベート・ゲイ・ライフ』の核となる小論「愛されぬ理由」を寄稿。物書きとしての第一歩を踏み出す。
 
 

1985年

朝日ジャーナルの「読者から」に「エイズと同性愛」を匿名で投稿。当時、21歳の大学生だった。

銀のアレは錆びじゃなかった

理科関係の仕事をしている。
ライターさんが書いた原稿に、イオン化傾向の小さい、金・白金・銀は錆びないという内容があった。
「エー、銀はすぐ錆びるよー。だって銀のアクセサリーってすぐ黒ずむじゃない」と思って、イオン化傾向の表をみると、確かに小さい。
それでも、まだ自分の思い込みを疑わない私は、まわりに「ねえ、ねえ、銀って錆びやすいよね?」と聞いてみた。「銀食器は磨かないとすぐに錆びるとか言いますよね」などの返事が返ってきて、「そうだよねー。でも、こうなんだよ」と説明すると、斎藤さんが「じゃあ、アレは錆びじゃないんじゃないですか?」と一言。
なるほどと思い、ネットで検索してみると……。斎藤さん大正解でした。
私が錆びだと思っていたのは、銀と空気中の硫化水素と反応して硫化銀になったものなんだそうだ。
へえー。
さびは、金属と酸素が反応してできるものだから、やっぱり違うということね、と納得。
あやうくバカなアカ字を書いて戻すところでした。
でも、編集者としてこんな低レベルでいいのだろうか………………。

結構昔からそうですよね?

日曜昼間のテレビ番組、なんとかならないものでしょうか。
いや、日曜のテレビ番組ってなんとかならないものでしょうか。
日曜くらいしかテレビを観ないので、苦痛です。じゃ、テレビ観なきゃいいんじゃないのって話なんですけれども無類のテレビっこの私にとって、それは無理な相談です。いや、無類の、てのはあきらかに言い過ぎなんですが、思い出のテレビ番組の話で盛り上がれる程度にはテレビ好きです。下世話な人間です。
テレビの人たち、日曜のテレビを甘く見過ぎだとおもう。いや、日曜の視聴者を軽んじ過ぎだと思う。日曜の視聴者たちは、みな一様に、腑に落ちない気分でテレビを観ているんだ(断言)。そういうところをもっと感じ取るべきだ(断言)。しかも本当に解せないのが、各局がそろいも揃ってくそおもしろくもない番組ばっかり垂れ流しているというこの事実。おかしいでしょ。1局くらいがんばっている局があってもいいはずでしょ。ライバルがいない(がんばっている局・番組がない)んだからこそ、ここぞとばかりに頑張る局・番組があってもいいはずでしょ。なんらかの協定が結ばれているとしか思えません(日曜はがんばらない協定/日曜は手を抜きましょう協定等々)。
なんである時間帯、2局は芸能人の旅行番組で2局がドラマの再放送なんですか。
あと、日曜の長寿番組が無駄に多いのは、手抜き協定の賜物だとしか思えません。

最近、電車の中吊り広告で『タモリ限界「笑っていいとも!」23年ついに打ち切り?』という見出しを発見し、無類のタモリ好きの私は、(ちっとも「いいとも」観てないのに)少々心を痛めている次第です(なんとなく)。

【写真】ゴムまく人々とゲイ・コミュニティに苦言を呈するパリ市長

_12_0144.jpg
100人予約が集まれば出版されるという予約投票プロジェクトに出した拙著『PHOTOエッセイ Gay @ Paris』に新しい予約がまた尽きました。予約したのはmorrisさんです。曰く、「フランス大好きです!」と。予約者をつのるため、特典を追加しようと前々から思っています。たとえば、ベルギーのゲイパレード写真を申込者に進呈とか。
いやぁ、そう考えているのですが、撮った量が多すぎて整理できていません。 続きを読む